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前ページ次ページゼロの怪盗 ルイズの焦燥は並大抵のものではなかった。 同級生に『ゼロのルイズ』と揶揄され、不当な辱めを受け続けてきた彼女にとってこの召喚の儀は、 彼女を馬鹿にしてきた連中を見返す最大のチャンスでもあったのだ。 それが、召喚には何度も失敗し、ようやく成功したと思ったら、現れたのは平民の男。 しかも、使い魔の契約を結んだにも関わらず、男はすぐに自分の元から去っていったのだ。 ルイズにとっては、人生最大の恥といっても過言ではなかった。 「何処!?何処なの!!?」 その苛立ちは言葉となり、自然にルイズの口をついて出た。 「アイツ……いや、もうアイツなんて人呼ばわりしないわ!! 犬よ!それもバカ犬!!……犬だって少しは主人を慕うものよ?全く……」 ルイズの口元が歪む。 「ふっふっふっ……どうやら躾が必要なようね。ふっふっふっ……」 そんな風にブツブツと言いながら歩いていると、宝物庫の近くで海東を発見した。 ミス・ロングビルとイチャついている。……様にルイズの目には見えた。 「あのバカ犬ッ!!私がこんなに苦労しているのに!!」 ルイズは怒りに身を任せて、杖を海東の背中へと向ける。 すると次の瞬間、ルイズの目の前に何か光の弾のようなものが飛んできた。 地面へ着弾すると、土埃を高らかに舞い上げ、魔法を唱えようとしたルイズの手を止めた。 「……………………へ?」 一瞬の出来事にルイズの体が固まる。 目の前で何が起きたのか理解出来ない。 散漫していた瞳を海東へ移すと、海東はこちらに背を向けながら何かをルイズの方へ向けていた。 それは鉄砲のようにも見えたが、あんな鉄砲はこの世界には存在しない。 「やれやれ、とんだ邪魔が入ったね」 海東はそう言うと、ルイズの方へゆっくりと振り返った。 そして、その鉄砲のようなものをルイズへ向けた。 「え?え?な、何?」 ルイズは目の前の出来事に、頭が真っ白になる。 「僕は自分が邪魔されるのはあまり好きじゃないんだ」 海東は表情を変えずにそう言い放つと、引き金に指をかける。 「ちょ、ちょっとお待ちください!」 ロングビルは慌てて海東を制止する。 彼女にとって、魔法の使えないゼロのルイズなどどうでもよかったが、 仮にも学院長の秘書である立場の自分が彼女を見捨てるのはあまりに不自然であった。 「彼女はミス・ヴァリエール。ヴァリエール公爵家の三女です。 それを傷付けた、或いは殺したなどあったら政治的問題になります!」 「関係ないね。興味もない」 海東は冷たくそう言い放つ。 そんな海東を見て、ロングビルは戦慄した。 (何て奴だい……) ロングビルは海東の視線の先を見つめる。 (本当に興味が無いんだねえ…。まるでそこに何もいないみたいじゃないか) そこには怒りなのか恐怖なのか、わなわなと震えるルイズがいたが、 海東の目にちゃんと彼女が映っているかは甚だ疑問であった。 「ま、いっか。お宝に障害はつきものだしね」 海東は感情のこもってない笑顔を浮かべると、ルイズに向けていたそれを下ろす。 と、同時にルイズはその場にへたり込んだ。 どうやら腰が抜けたようである。 「じゃあ僕はこれで失礼させて頂くよ」 そう言うと、素早く海東はその場から立ち去った。 「あ……。ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」 ルイズは追いかけようとするが、足が動かない。 再び自分の元から去っていく海東の背中をただ見つめることしか出来なかった。 「…………!!」 ルイズは声にならない声を上げて地面を叩いた。 使い魔に対して恐怖を抱いたことへの屈辱、そして二度も使い魔に逃げられたことの悲しみ。 様々なものがない交ぜになり、自然と涙がこぼれている。 そんなルイズを気にも止めず、ロングビルは怪盗『土くれのフーケ』として海東の背中を見送った。 (あの身のこなし……あいつがただ者で無いのは確かだねえ。 それに、あのヴァリエールの嬢ちゃんが現れた時……。 背中に目でも付いてるかのような動きだった。……敵には回したくないねえ …………さて!) ごくり、と唾を飲み込むと、今度はミス・ロングビルとして泣き崩れるルイズの元へと向かった。 「……また、印が輝いてる」 海東は森の中で身を隠しながら、発光する自身の左手を見つめた。 (今のところ害は無いみたいだけど……このままにしておくわけにもいかない……か) この印は何なのか、また自身の体に何が起きてるのか。 知らないということがいかに危険なことだということを海東はよく知っている。 今後の為にも、この印のことを知っておく必要を海東は感じた。 その時、海東の脳裏にルイズの顔が浮かぶ。 (全てはあの子から……か) やれやれ、といった感じで海東を首を振る。 「……仕方ないね」 そう呟くと、海東は森の中へと消えていった。 ルイズはどうやって学院内へ戻ってきたのか覚えていなかった。 気付いた時には、コルベールの使い魔の捜索についての話が終わっていた。 当然、コルベールの話など1ミリも覚えていない。 半ば茫然自失のまま、ふらふらとした足付きで自室へ戻る。 (はははは……。もう、何が何やら……) 取り敢えず寝よう。 寝て起きたら、きっと悪い夢も覚めるだろう。 ルイズはもう他に何も考えたく無かった。 力無く自室の扉を開く。 「やあ」 「えっ?」 誰もいない筈の部屋から声がする。 ルイズは急いで中へ入る。 すると、 そこには飄々とした顔でベッドに腰掛ける男がいた。 その男はルイズが呼び出したあの使い魔、海東大樹であった。 前ページ次ページゼロの怪盗
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前ページ次ページ使い魔は妖魔か或いは人間か 滅亡を迎えるアルビオンに朝が訪れる。 ルイズが眠りから覚めると、もう日は昇りきっていた。 「もう昼過ぎかしら……」 太陽の位置から何となく時刻を察する。 眠りすぎたのを若干悔いつつ、手早く着替えを済ませた。 「お早う、ルイズ」 ルイズが扉を開けると、そこにはワルドがいた。 「おはよう、ワルド。ずっと待っていたの?」 「いや、まだ起きないようなら昼食を置いておこうと思って運んでもらったんだ」 老紳士然としたメイジが、食器を運んでいた。 「お目覚めですかな。 私、皇太子様の世話役を任されておりましたパリーです。以後お見知り置きを」 老メイジが深々と頭を下げ一礼する。 「昼食後で結構ですが、後に国王陛下が会見を望まれております」 「ええ、是非」 ルイズは作り笑いを浮かべようと努力する。 声がかすれながらも、何とか誤魔化せたようだ。 「ありがとうございます、国王陛下も喜びになられます」 パリーは笑顔でそう答えると、部屋を後にする。 老メイジの笑顔とは対照的に、ルイズの心は晴れないままだった…… 国王への謁見も終わり、夜を迎える。 ルイズはずっと部屋にいたかったが、そうもいかずパーティにだけは出席する。 表向きは華やかな宴、実態は最期の晩餐。 国王が逃亡するよう斡旋するも、部下達は笑って皆その場を立ち去ろうとしない。 誰もが陽気に笑い、破滅に向かう。 会場の光景がルイズには虚しさしか感じず、直視できない。 「アセルス……」 バルコニーで外をぼんやりと眺めていたアセルスにルイズが近寄る。 「どうしたの?」 ルイズに掛ける言葉は優しさに満ちている。 自分の心が砕けそうになった時、アセルスは受け止めてくれた。 一方で他人の命を躊躇いもなく奪う。 アセルスの二面性に、ルイズは戸惑いを覚える。 笑顔で滅びようとしている、アルビオンの貴族達のように。 「どうして彼らは笑っていられるのかしら……死ぬのが悲しくないの?」 「さぁ……私には分からないわ」 ルイズの望む答えはアセルスにも分からず、素直に告げる。 「アセルスは命の奪い合いが怖くないの?躊躇したりとか……」 ルイズの口調にいつもの明るさはない。 人が死に向かう姿を目の当たりにした経験はなかった。 「戸惑っていたら、その間に大切な人を失うから」 崖での尋問や宿での交戦。 殺さなければ、こちらが殺されていたかもしれない。 理屈は分かっていても、心の未成熟な少女の感情は揺らいだままだった。 「私も……アセルスにとって大切な人なの?」 「当然じゃないか」 アセルスはルイズの質問した意図が理解できない。 「私、ワルドに婚約されたの」 アセルスに衝撃を与えるルイズの告白。 「……ルイズは……どうするの?」 曖昧すぎるアセルスの問いかけ。 止めるにせよ決心させるにせよ、何か言わなければならないのに何一つ浮かばない。 「分からないのよ……自分でもどうすればいいのか」 弱々しく首を振って、目を伏せた。 「だから、アセルスに聞きたかったの。私は一体どんな存在なのか」 ルイズの一言一言に、アセルスは胸が締め付けられた。 動悸が激しくなり、何もしていないのに嫌な汗が流れる。 「……ルイズにとって、私は何?」 ルイズの質問に息が詰まりそうになりながら、かろうじて言葉を絞り出す。 「理想よ。貴族の理想、こうなりたいと願う憧れ」 アセルスの問いに、ルイズは即答する。 ルイズがアセルスを追求しだしたのは、ほんの些細な重ね合わせから。 ワルドの求婚。 アセルスの人生を追憶する夢。 人と妖魔の関係に気づいてしまった事。 最大の理由は、自身が理想が揺らいでしまった事。 名誉を守る為、滅びを恐れぬ彼らの姿は紛れもなく貴族の精神だ。 同時に愛する者を捨ててまで、死に行く彼らがルイズには納得できない。 「ねえアセルス……お願い、答えて」 か細い声と共に、アセルスのドレスの裾を掴む。 理想が揺らいだから、ルイズはアセルスを求めた。 求められる事で、自分が間違っていないのだと信じたかった。 無論、求められたからと言って正しさを証明できる訳ではない。 ルイズが行おうとしているのは、単なる現実逃避だ。 誰より孤独を嫌うから、他人に必要とされようと求める。 何もルイズだけに当てはまる事ではない、アセルスも同様だった。 「私は……」 傍にいてくれればそれだけで良かった。 かつてルイズに告げた台詞だが、アセルスは肝心な関係を伝えていない。 主従として、友として……或いは愛する者として。 どのように寄り添って欲しいかまではアセルスは告げていない。 追求された今、何と返せば正しいのか言葉が浮かばない。 いや、この問答に正解など無い。 アセルスは単に嫌われまいとしているだけだ。 だから、アセルスは自分の感情ではなく当たり障りの無い答えを返す。 一番愚かな過ちだとも知らずに。 「私は貴女の使い魔よ」 「そう……」 明らかに落胆したルイズの声。 アセルスには何が間違っていたのかが感づけない。 「私は人間よ……」 ルイズの口から出てきたのはアセルスからすれば拒絶にも等しい言葉。 「それは……」 二の句が継げない。 関係ないとでも言うつもりか? かつて白薔薇に妖魔と人間は相入れないと言っておきながら? 「いつか別れがくるわ……」 死について考えた時、自分も同じ立場だと気付いてしまった。 人間に過ぎない自分はいつかアセルスを置いて、死んでしまうと。 ルイズの宣告は、アセルスが気づきながらも考えようとしなかった問題。 「言ってたわよね、傍にいてくれるだけでいいって」 アセルスは声が出せない。 いくら足掻いても、喉が枯れたような呻き。 「でも、私じゃダメなのよ……」 ルイズの顔も悲壮に満ちていた。 「私はいずれアセルスを孤独にしてしまうわ……」 構わない、わずかな間でも孤独を忘れさせてほしい。 アセルスの頭に引き止める言葉は浮かぶも、口に出来ない。 何故なら、アセルスの本当の願いは自分と永遠を分かち合う存在。 人の身であるルイズには、決して叶えられない願い。 「ねえ……私、どうしたらいいかな?」 離れたくない、しかし種族の違いが二人の前に立ちはだかる。 思わずアセルスはルイズの腕を逃がさないように掴んでしまった。 「痛っ……アセルス…………?」 ルイズがアセルスを呼びかける。 掴んだ腕で華奢なルイズの身体を引き寄せる。 見慣れたはずのアセルスの紅い瞳。 それが今のルイズには、まるで別人に見えた。 「アセルス……怖い……!」 振りほどこうとするが、ルイズの力ではアセルスに適うはずもない。 怯えたルイズに対して、アセルスに過去の光景がフラッシュバックした。 オルロワージュを倒して、妖魔の君となった時。 ジーナを寵姫として迎えた時に残した彼女の言葉。 『アセルス様…………怖い……』 ジーナが怯えていたのは、慣れない針の城に迎えた所為だと思っていた。 ルイズの姿がジーナと重なる。 怯えていたのは自分にではないかと今更気づいた。 「止めないか!」 会話の内容までは知らないが、ただならぬ雰囲気にワルドが間に割って入る。 「とうとう本性を現したな、妖魔め!」 ワルドは杖を突きつけると、ルイズを庇う。 ルイズはワルドの背後でなおも恐怖から震えていた。 自分の何を恐れているのか? 疑問の答えはアセルスには決して紐解けないものだった。 人は常に最善の答えを探し出せるとは限らない。 しかし、限られた選択肢の中から次善策を見つけて生きる。 ジーナが陰鬱な針の城を嫌いながら、ファシナトールから離れられなかったように。 行く宛などなかったし、抜け出すだけの大金がある訳でもない。 結果、彼女は現実を妥協する。 だが、アセルスは城から逃げた。 受け入れねばならないはずの現実から逃げるようにして。 半妖の証明である自分の紫の血。 人間でなくなり、妖魔となった事実。 この時点でもアセルスに残された選択肢はいくつかあった。 例えば半妖として、蔑まれながらも生き続ける。 或いは主であるオルロワージュを討ち滅ぼして、妖魔の血を消し去る。 前者であればジーナがアセルスから離れはしなかった。 後者なら永遠の命を捨て、代わりに平穏な人生を得られたはずだ。 彼女は何の選択も行わず、逃げた。 妖魔として生きる道を選んだのではない。 自分の運命を呪うばかりで、選択を行わずに妖魔に堕ちたのだ。 シエスタの祖父が娘に語ったように、アセルスは運命を言い訳に使ったに過ぎない。 アセルスに残されたのは上級妖魔の血を継いだ事。 ルイズが貴族の自尊心に縋ったように、アセルスはオルロワージュを超えようと確執した。 寵姫の数や他者を支配するという目に見える成果だけを求めて。 決断を先延ばしにした結果、白薔薇を失った。 アセルスは白薔薇を自分勝手な使命感で失った自覚はある。 だが、後悔するだけで省みれなかった。 ジーナも失ってようやく、白薔薇が自分の下から去ったのではと気付かされた。 白薔薇は自分よりあの人を選んだのだろうかと、妬みにも似た感情に支配されるのはアセルスの稚拙さ。 現実を見ようとしなかった代償が押し寄せる。 その時、アセルスが選んだのはいつもと同じ行動だった。 「アセルス!」 ルイズの叫び声は空しく響きわたった。 アセルスはルイズの前から逃げ出したのだ…… ルイズもアセルスも気づいていない。 お互いが相手を求めながら、相手を見ていなかった現実。 ルイズはアセルスの半生を見て、彼女が苦悩を乗り越えた気高き存在だと思っている。 アセルスはルイズが自分で決断した目標、立派な貴族になるまで挫けないのだろうと思いこんでいる。 人の心はそれほど簡単ではないのに。 二人は擦れ違い続ける。 傍にいながらお互いの存在を正しく認識していないのだから。 「どうして……」 残されたルイズがアセルスの消えた闇夜に呟く。 「ルイズ、無事かい?」 ワルドが振り返る。 「どうしたんだい?今にも泣きそうな顔だ」 ワルドがルイズに語りかける。 「分からないのよ、何が正しいのか……」 誇り高いはずの貴族の行動が理解できない。 アセルスも、自分の前から逃げ去ってしまった。 何が間違えていたのか、答えをいくら求めても見いだせない。 「あれが妖魔さ……人を裏切る事など露程も思っていない」 ワルドは吐き捨てるように言い放つ。 「大丈夫、君の傍には僕がずっといるとも」 今にも泣きそうなルイズの肩に手を置いた。 優しい一言にルイズの頬から一滴、涙が溢れ落ちる。 「君は優しすぎる……だから、好きになったんだけどね」 泣いたルイズをそのまま抱きしめる。 張りつめた精神が緩んだ結果、泣き疲れてルイズは眠ってしまった…… 次にルイズが目を覚ましたのはベッドの上だった。 昨日割り当てられた自分の部屋なのだろうと、感づいた。 「やあ、起きたかい?」 ワルドの声がした扉の方を振り向く。 ワルドは給仕に暖かい飲み物を運んでもらっている最中だった。 飲み物が入ったポットを暖めてルイズに手渡す。 「落ち着いたかい?」 「ええ、ごめんなさい。みっともない所見せちゃって」 立派な貴族になるという志がルイズにはある。 だが、それをなし得たと思う出来事は一度もなかった。 魔法は未だに扱えないままだし、人に弱音を見せてしまうのはこれが二度目だ。 一度目の時。 その相手だったアセルスは何も言わずに立ち去ってしまった…… また戻ってくるかもしれないが、ルイズの心に暗鬱とした感情が溜まる。 再び会ったとして何を言えばいいのだろうか。 初めて、アセルスが妖魔である事を怖いと思ってしまった。 バルコニーでのアセルスの瞳。 信じていた相手にすら畏怖を与えるだけの重圧があった。 同時に、心に引っかかるのはアセルスが消える前に見せた表情。 既視感を覚えながら、ルイズには感覚の正体が何思い出せない。 「ルイズ」 ワルドの呼びかけにルイズが顔を上げる。 「もう一度言わせてくれ。ルイズ、僕と婚約して欲しい」 事の発端となったワルドのプロポーズ。 「ワルド、それは……」 「分かっている、君がまだ学生なのは。 不安なんだ、君がまた妖魔に殺されるんじゃないかと」 ルイズが否定しようとするより、ワルドが強くルイズの手を握る。 「アセルスは……」 そんな事はしないと言おうとして、言葉に詰まる。 ルイズの心情に構わず、ワルドは手を握り締めたままに捲し立てた。 「何も今すぐにと言う訳じゃない。 学校を卒業してからでもいいし、君が立派な貴族になったと思ってからでもいい。 ただ式をここで挙げたいんだ、二人っきりで」 「こんな所で?」 思わず、率直な意見を口にしてしまう。 「ウェールズ皇太子は勇敢な貴族だ。僕は皇太子に神父役を御願いしたいんだ」 ルイズが沈黙して考える。 ワルドに対しては少なからず好意を抱いている。 突然のプロポーズに困惑しているが、嬉しいと言う気持ちも無い訳ではない。 むしろ、自分なんかでいいのだろうかとすら思える。 グリフォン隊の隊長という立場にあるワルドと、魔法すら未だ使えぬゼロの自分。 「……本当に、私なんかでいいの?」 「君を愛しているんだ」 ワルドはルイズの質問に即座に答えてみせた。 「……うん」 長い沈黙の末に、ルイズが頷いた。 「本当かい!」 喜びにワルドは大声をあげ、ルイズの手を取る。 「ありがとう!必ず君を幸せにしてみせるよ」 ワルドが何気なく言った言葉。 幸せとは何か?願いが適う事だろうか? アセルスの願いは自分と傍にいる事だった。 ワルドの願いは……婚約? 自分の願いは……何だろうか? 立派な貴族になるという目標は少し違う気がした。 ここまでの疲れが出たのだろうか、カップを戻そうと立ち上がるとふらついてしまう。 そんなルイズの肩をワルドは優しく抱きとめた。 「僕がやるよ、君は明日の式に向けて休んでおくといい」 就寝の挨拶を交わして、ワルドは部屋を立ち去る。 ベッドの上に仰向けになったルイズを月明かりが照らす。 ぼんやりと何も考えられずにいると、ルイズはいつの間にか眠りに落ちていた…… 逃げ出したアセルスは何処とも分からない森にいた。 崖下には奈落のように暗く深い、夜空だけが広がっている。 『相棒……』 デルフが呟くが、何と声をかけていいのか分からなかった。 素人玄人問わずに多くの人間に使われてきた記憶は存在する。 大小問わず悩み、苦しむ使い手もいた。 しかし、アセルスのように半妖の悩みを抱えた者はいない。 彼女の心に混沌とした感情が渦巻いているのだけは伝わる。 300年生きたオールド・オスマンがルイズに何も言えなかったように。 デルフも何も言葉をかけられない自分の無力さに、歯があれば歯軋りしただろう。 「ルイズ……」 朧げに彼女の名前を呟く。 初めは好奇心に近かった。 自分を召喚した少女の境遇はあまりに自分と似ていた。 同時に、彼女ならば自らの苦悩を理解してくれるかもしれないと考える。 事実、ルイズは受け入れてくれた。 他人に見せられない弱さも自分の前では見せた。 それでも成長しようとするルイズを見て、美しいと思った。 問題は幾度も悩んだ、種族の差。 加えて、アセルスにとっては新たな苦悩があった。 白薔薇の頃はまだ無自覚だった。 友達や姉のように思っているだけだと自分に言い聞かせた。 『自由になってほしい』 白薔薇が最後に告げた台詞はオルロワージュからの支配の脱却だと思っていた。 『くだらないことに捕らわれるんだな。 姫も言ってたじゃないか、自由になれってね』 だからこそ、他人に指摘された時に動揺する。 ──本心では、私は白薔薇を愛していたのだと。 ジーナは生まれて初めてはっきりとアセルスが愛情を抱いた相手だった。 だが、ジーナも失った。 未だ理由が分からないまま、彼女は自らの命を絶った。 アセルスは二度の喪失から誰かを求めるのが恐ろしくなる。 自分を受け入れてくれた存在をまた失うのではないかという不安。 アセルスは気付き始めていた。 いつの間にか、他人を妖力で支配していた事実。 嫌悪していたはずの妖魔の力を当然のように扱い、欲望のままに行動していた。 「だって私は妖魔の君……」 違う、妖魔の力なんていらない。 人としてただ、平穏に暮らしたかった。 誰でもいいから必要とされたかった、妖魔ではなく自分自身として。 だから…… 「その為に、ルイズを利用した……」 寂しさや孤独を嫌った。 妖魔として生きると言いながら、人間のように理解者を求めてしまった。 召喚で呼び出された相手、ルイズが鏡写しのように思えたから。 一人の少女を地獄への道連れにしようとする行いだとも気づかず…… 『違う!相棒が嬢ちゃんを思う気持ちは本物だったはずだ!』 デルフの制止にも構わず、左の拳を地面に叩きつける。 地面を容易く抉ると同時に、アセルスの皮膚にも微かに血が滲む。 「紫の血……妖魔でも人間でもない血の色……」 見慣れたはずの血の色が、汚らわしく見えた。 デルフを掴むと自分の手に何度も何度も突き立てる。 叶わないと知っていても、自分の血を全て流してしまいたかった。 『よせ!相棒!!こんな事したって……』 妖魔の血がなくなる訳じゃない。 デルフが言葉を引っ込めたのは、アセルスの悲痛な表情を見たからか。 「ルイズは……結婚するって……」 アセルスの言動は、もはや支離滅裂。 それでも、ルイズから告げられた事実を噛み締める。 婚約。 もし自分が人間のままだったなら、誰かと結ばれた人生もあったのだろうか? そうなればジーナも……そう、ジーナも同じだ。 ──ただの人間として。 ──平凡だが、幸せな人生を満喫する権利が彼女にもあったはずだ。 ──彼女から全てを奪ったのは…… 「私だ……私がジーナを……」 アセルスが思い出すのは、針の城でジーナと二人になった時の事。 怯えるジーナにアセルスはこう告げた。 『大丈夫、二人で永遠の宴を楽しもう』 即ちジーナに自らの血を分け与えようとした。 人から妖魔になる。 どれ程の苦悩かは自分が一番知っていたはずなのに。 ジーナさえ傍にいてくれれば良かった。 だが、ジーナは本当に永遠を共にしたかったのか? 彼女はあくまで『人』として自分の傍にいたかっただけではないのか。 永遠を望んだのはアセルスのみ。 自分がジーナに妖魔として生きる事を強要していたと気づく。 ──寵姫をガラスの棺に閉じ込めていたオルロワージュのように。 『あの人』と自分が同じ過ちを繰り返していた。 一度陥った悲観的感傷に、己の愚かさを否応なく見せつけられた。 どれほど後悔しようと手遅れだった。 ジーナが目を覚ます事はもう二度とないのだから。 失うのを恐れた続けた結果、人から全てを奪ってしまった。 白薔薇の居場所も……ジーナの命も……ルイズからも全てを奪うだろう。 アセルスは立ち上がると、浮浪者のように彷徨い歩く。 『相棒、どこ行くんだ!城は反対の方向……』 「私はもう、ルイズの傍にいられない」 デルフの叫びに力なく頭を振ると、ルイズの元に戻らない事を伝える。 『何を言ってんだ!?』 「きっと彼女を不幸にするもの……」 ジーナや白薔薇のように。 ルイズも自分の運命に巻き込んでしまうのを恐れた。 いや、既に巻き込んでしまっている。 これ以上、自分に付き合わせてはいけない。 運命に負けた敗残者の自分。 掲げた目標に向けて進むルイズ。 彼女の重りにしかなりえないと思い込んで、アセルスは姿を消した…… 前ページ次ページ使い魔は妖魔か或いは人間か
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前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔 「諸君。決闘だ!」 ギーシュが高らかに宣言する。 周りの野次馬たちから喚声が上がる。 ギーシュは野次馬の喚声に応え手を振る。 ギーシュはここに至り多少の冷静さを取り戻し、そして開き直った。決闘であれば問題ない、と。 決闘自体は問題だ。本来禁止されている。おそらくこの騒ぎが終われば、学院から幾日かの謹慎なり、何か処罰が言い渡されるだろう。 だがそれはルイズにも言えることだ。 決闘であれば、決闘をした両者が悪い。 もしルイズを香水のビンを拾ったことで責めていたなら、明らかにギーシュ一人に非がある。 だからと言ってルイズにメイドを連れて行かせたら、ふられた上にルイズにやり込められるという恥の上塗り。 それに比べれば決闘という形で両者が処罰を受ける痛み分けの形は随分ましだ。 そして、決闘の中身でルイズに二度と生意気な口を聞けぬようにしてやれば良い。 「二人のレディーと、そして僕自身の誇りのために僕は闘う!」 ギーシュは薔薇を模った杖をルイズに向ける。 「『二人のレディーのため』はやめろと言ったでしょう。あんたは二股がばれた腹いせに決闘するのよ」 ルイズはギーシュに睨み返す。 「早く始めるぞ、ゼロのルイズ。もたもたしていると次の授業に間に合わなくなるからな。いくら授業に出ても魔法の使えるようにならない君には関係ないのだろうがね」 ギーシュは鼻息荒く侮蔑の言葉を返す。 「シエスタ。下がってなさい」 ルイズの言葉に従い、シエスタはルイズから離れる。相変わらずその目には不安がありありと見える。 それを確認したルイズはギーシュのほうへと一歩踏み出す。 「ふん! 覚悟はできているようだな」 ギーシュが薔薇の杖を振る。すると一枚、花弁がはらりと落ちる。 地面に花弁が落ちた瞬間、そこに一体のゴーレムが現れた。 鎧に身を包んだ女騎士のような姿。 大きさこそ平凡だが、所々に細工の入ったワルキューレの造型の見事さに、周囲から静かな歓声が上がる。 「これが僕のワルキューレさ」 ギーシュが得意げに言う。 「魔法の使えない君には一体で十分だろう。一体だけでも手も足も出ないだろうからね」 一体で十分。 この決闘の狙いはルイズを痛めつけることではない。もし取り返しのつかない怪我でもさせてしまったなら、謹慎では済まないだろう。 それは避けなければならない。 この決闘はルイズに実力差というものを見せつければいい。上下関係をはっきりさせてやればいい。 だからこそワルキューレは一体しか出さない。余裕で勝利して見せることこそが重要。 「何よ! 全力できなさいよ!」 ルイズはギーシュに食って掛かる。 「ひょっとして負けたときの言い訳? 『全力出してたら勝てました』とか後で言われても面倒だし、最初っから出せるだけ出してくれない?」 「ハッ! 笑わせるな、ルイズ。ゼロを相手に本気を出せるわけないだろ。……そうだな、君が万が一にも僕のワルキューレを一体でも倒せたなら本気で闘ってあげよう」 ギーシュは髪をかきあげ、余裕綽々といったポーズを作る。 あくまでもどちらが上かを思い知らせるための闘い。できる限り余裕の姿勢は崩さない。 そんなギーシュを見て、ルイズは内心で安堵の息をつく。 ギーシュへの挑発は賭け。だが、賭けは成功した。しかも理想の形で。 ワルキューレを複数出されては勝ち目は薄い。だが、一体しか出してないからといってそれを好機と闘っても、いつさらなるワルキューレを作るかわかったものではない。 だが、挑発によってギーシュから「ワルキューレを一体倒したなら本気を出す」という言質を取った。 体面ばかりを気にするギーシュが野次馬の前でそう宣言してしまった。ならば、そう簡単に言葉を覆すことはできない。 ギーシュは今出しているワルキューレが倒されるまで本気を出せない。 状況が差し迫ればそんな宣言を覆して新しいワルキューレを作るだろう。だが、どんなに差し迫った状況になろうとも、ワルキューレを作るのに一瞬の躊躇があるはずだ。 それで十分。 それで勝てる。 「さて、お喋りもお終いだ。さっさとかかって来たまえ」 ギーシュが言うと、ワルキューレがギーシュとルイズのちょうど中間あたりに立ち、構える。 先手は譲ってやる、ということだろう。 だが、ルイズは杖を構えることなく、再び口を開いた。 「その前にギーシュ。この決闘。勝ち負け決めて、それでお終いじゃつまらないわ。なにか、賭けましょう」 「賭け?」 ギーシュが訝しげな表情を浮かべる。 「そう。賭けよ。あぁ、『誇りを賭けて』なんてのはよしてよ。二股がばれて八つ当たりするようなあなたの誇りと私の誇りとじゃ価値が違いすぎるもの」 ギリ、とギーシュの歯が鳴るが、それは野次馬たちの耳には届かない。 安い挑発に乗る気はないが、二股云々言われるのだけは堪える。野次馬たちも二股という単語に反応してぎゃぁぎゃぁと喚く。もうこの決闘がどういう形に終わろうと、暫くは二股ネタでからかわれるのだろう。 忌々しい。 ルイズのせいで散々恥をかかされた。ならば、この決闘でルイズを完膚なきまでに虚仮にしてやろう。 「そうだな、ルイズ。僕が勝ったら……まぁ、僕の勝ち以外ありえないが、今後授業で魔法使わないでくれ。この間の錬金のように授業を潰されたら堪らないからね。 先生から魔法を使うように指示されたら『私が魔法使っても爆発して授業に迷惑をかけるので他の人を指名してください』と言うんだ」 ギーシュの言葉に野次馬が沸く。 同級生たちは少なからずルイズの魔法に迷惑している。 「そいつはいい! ギーシュ、とっととルイズを倒してしまえ!」 「これでルイズに授業を妨害されなくて済む。魔法の修行もはかどるってものだ!」 マリコルヌら、普段からルイズをゼロと揶揄するものたちはここぞとばかりにギーシュに便乗して騒ぎ立てる。 ギーシュはギャラリーの反応に気を良くし、得意げな笑みを浮かべている。 「私が勝ったら……」 ルイズはギーシュを睨みつける。 「私が勝ったらシエスタに謝りなさいよ」 ルイズは言った。 「シエスタ?」 ギーシュはその言葉の意味がしばらく理解できなかった。 それは周囲の野次馬たちも同じだった。「シエスタ」という単語が何を意味するのか理解できない。野次馬たちがざわつく。 しかし、そのざわつきも少しずつ収まっていく。その単語の意味を理解したものから口を閉ざし、その「シエスタ」に視線をやる。 騒々しかったヴェストリの広場に一瞬の沈黙が流れ、全ての視線が一箇所に集まる。 「は、ははっ……。成程な……」 沈黙を破ったのはギーシュだった。 「平民に頭を下げろとはね……。成程成程……。君はよっぽど僕を侮辱したいらしいな」 貴族が平民に頭を下げるなど有り得ない。貴族が上で平民は下。この関係は絶対である。 この場にいる生徒たち。その中に平民に頭を下げたことがあるものはいないだろう。そしてこれからもそうやって生きていくのだろう。 だから彼らは、ルイズの真意はギーシュに恥辱を与えることにあると、そう認識した。 シエスタに視線が集まりはしたが、誰もシエスタを見てはいない。ルイズがギーシュを辱めるための『だし』としての存在。そのように見ていた。 誰も、単純にして明快なルイズの真意を理解していなかった。 「ふん! なんとしてでも僕を侮辱したいようだが、どうせ僕の勝ち以外有り得ないからな。どんな条件だろうとかまいはしないさ」 ギーシュが見得を切る。 ルイズが突然口を出してきたところから、理解の及ばぬことばかりだった。平民に頭を下げるなどという最大級の恥辱。なぜそこまで突っ掛ってくるのか理解できない。 だが、この決闘で勝てばそれで済む話だ。 理解できないものを理解する必要などない。所詮はゼロ。端から理解の外にいる存在なのだ。 「では、いざ尋常に勝負といこうか。相手が負けを認めるか、相手の杖を落としたら勝負有り、でいいかな?」 「……勝負なんてシンプルなほうがいいわ。相手が負けを認めたら、だけにしましょう」 「オーケイ。ならそれでいい。ではもう覚悟はできてるかい?」 「ええ。準備はできてるわ」 そんな言葉を交わして、決闘の幕は上がった。 だが、両者動かない。睨み合いが続いている。野次馬たちは、いつ動くのかと固唾をのんで見守っている。 「動かないわね」 キュルケが小声で呟いた。 「……おそらく既に動いている」 タバサがさらに小さな声で言う。 その言葉の意味を理解できず首を傾げるキュルケ。 タバサだけが感じ取っていた。実践を積むことでしか身につかない感覚でもって。 ルイズはもう動いている。 ルイズが何をしているのかは解らない。だが、何かしているのは間違いない。 事態は既に動いている。決着へ向けて。 ギーシュは焦れていた。 先程交わした会話は、間違いなく決闘の開始を合図するものだった。 それなのにルイズが動かない。 端からルイズに先手を譲るつもりであった。 ルイズを派手に痛めつけるわけにはいかない以上、如何に実力差を見せ付けるかこそが肝要なのだ。そして勝負は格下から動くものだ。 だからルイズが杖を向けルーンを唱えようとしてからワルキューレを動かす。そしてルイズから杖を奪い、地面に押さえつける。痛めつけられない分、ルイズには土でも食わせてやろう。 だが、ルイズが動かない。 ならばそんな筋書きに拘らず、とっととワルキューレを動かしてしまおうか。 いや、それもできない。 野次馬たちは、今の状況を緊迫した睨み合いとでも思っているのかもしれないが、ギーシュはただ待たされているだけなのだ。動きようのない状況で待たされている。 ルイズは杖を向けるどころか杖を構えてもいない。それどころか、その手にはまだ何も握られていないのだ。 流石に杖を持ってもいない相手に攻撃を仕掛けることはできない。それでは卑怯者の謗りを受けかねない。 (早く杖を構えろ。それとも臆したか) そんなギーシュの思いとは裏腹に、ルイズは相変わらず杖を持とうとすらしない。 やはり臆したのか。 覚悟ができたなどとは口だけだったか。 (ん? ルイズの奴、何と言っていた? 『覚悟はできたか』と聞かれて、何と答えた? 『準備はできていてる』と答えなかったか?) ギーシュはふと先程のルイズの言葉を思い出す。 『準備』。闘う為の準備なら、まず杖を持たねば始まらないだろう。 魔法の使えぬルイズが肉弾戦を仕掛けてくる可能性も考えられる。そうだとしても、武器も持たず構えもせず、何の準備をしたというのだ? なんだか…… 足がむずむずしてきた。 「!?」 ギーシュの右脚に突然激痛が走る。 「な、なんだ!?」 突然そんなことを言い出したギーシュに、野次馬たちの注目が集まる。 ギーシュは杖をルイズに向け牽制したまま、己の脚へと注意をやる。 痛い。 痒い。痛い。 熱い。 「な、なんなんだ!?」 ついにギーシュは堪えきれず、ズボンを捲り上げる。 するとそこにはどくどくと流れる血で赤く染まった右脚があった。そしてその赤の中に点在する黒い点。 ギーシュは己の目を疑った。 そこにいたのは己の小指ほどもあろうかという巨大な蟻。 その蟻が2匹、3、いや4匹。ギーシュの右脚に食いついていた。 「うわあぁぁああああ!?」 ギーシュが叫ぶ。叫びながら己の脚をバシバシと叩く。 ギーシュの赤く染まった脚に気づいた野次馬たちも騒然となる。 「なんだこれ!? なんなんだこれぇ!?」 ギーシュは血で染まった己の脚、そして見たこともないような巨大な蟻に混乱していた。 蟻が全て潰されても、己の脚から目が離せない。答えるものなどいないのに「なんだなんだ」と問い続ける。 しかし混乱はいきなり現実に引き戻される。 突如爆発音がしたのだ。 爆発、即ちルイズ。 ギーシュは己がルイズのことをすっかり忘れて取り乱していたのだということに気づく。己の脚に向けていた視線を上げる。 ギーシュの視界にまず映ったのは、爆発四散するワルキューレ。 (ルイズにやられた? なら……) ギーシュは己の手を見る。その手には薔薇を模した杖が握られている。 杖が握られている。それを目で確認するまで己が杖を握ってるのかどうかすら判らなくなっていた。 (杖はある。ワルキューレを……) 作らなければ。 そんなギーシュの思考はすぐに潰える。 ギーシュの視界にルイズがあらわれたのだ。 ルイズは走っていた。ものすごい勢いでギーシュの元へ。 (ルイズの前にワルキューレを……) (立ち塞がなければ……) ギーシュは急いで杖を構える。 (間に合うのか!?) 間に合わない。 ルイズとギーシュが激突した。 前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔
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前ページ次ページデモゼロ 馬鹿力のルイズ 盗賊・土くれのフーケの捜索隊に志願した ぱからんぱからん、馬車に揺られて、フーケが目撃された場所へと向かう キュルケとタバサも一緒に、ロングビルの案内で、ぱからんぱからん、進んでいく 馬車の上を、タバサの使い魔・シルフィードが飛んでついてきて ちゅうちゅう、いつの間にやら紛れ込んでいたモートソグニルも加わって 四人と二匹、フーケの隠れ家に向かっていく 「…忘れないでー。俺の事忘れないでー」 一応、デルフも持ってきているが、これは人数に数えていいものか がさがさ、森の中進んでいく もう少しで、目撃証言のあったフーケの隠れ家 四人は、次第に緊張していく 「……あそこ、です。あの小屋に、フーケが入っていくのを見たという証言があります」 暗い暗い森の奥 小さなボロ小屋を見つけたルイズたち あそこに、フーケが入っていったらしい と、なると…悪魔の種も、あそこにあるのだろうか? せめて、フーケが見付からなくとも、悪魔の種だけは取り戻したい それが、オールド・オスマンが出した答えだった ……とにかく、小屋の中を確認しないと と、その前に、念のための確認を 「悪魔の種って、確か宝石だったわよね?」 「宝石と言いますか…宝石、のような見た目をしていますね」 悪魔の種 魔法学院の宝物庫に収められていた、用途不明のマジックアイテム、と言う事になっている と、言う事になっている、と言うのは…そもそも、マジックアイテムではないらしいのだ 詳しい事はわからない、しかし、それは悪魔の種と呼ばれており ディレクト・マジックの魔法に反応はないものの、何か特殊な力を秘めていると言われていた もっとも、誰にも使い方がわからない為、ただの宝石もどきとしか認識されていないのが現実だが 一度だけ見た悪魔の種を、ルイズは思い出す 確かに、あれは宝石みたいな見た目をしていた 特別綺麗だったかどうか、までは覚えていないけれど まずは、タバサが小屋の中の様子を窺う事になった シルフィードには、すぐ傍で待機しているよう指示を出し、タバサはそっと、小屋に近づいていく 「………?」 「ルイズ、どうかしたの?」 「いえ…別に」 …何だ? 先ほどから…森の中に入った辺りから、妙な感覚を感じていたルイズ よくわからないけれど…体の内側から、妙な感覚が湧き上がってくる 感覚? いや、これは (…私の、中で…何か、が) 何かが、意思を伝えようとしている …使い魔が、何かを感じ取っている? その感覚の意味がわからず、ルイズは小さく首をかしげる ………と、タバサが、合図を出してきた …小屋の中には、誰もいなかったようだ 「ミス・ロングビル。私たち、小屋の中で悪魔の種を探してきます」 「わかりました。私は、ここでフーケが現れないか見張っておきますね」 無理はしないでください そう、心配そうに言ってきたロングビルに、わかりました、と頷くルイズとキュルケ ちゅちゅう ロングビルの肩にちょこん、と乗ったモートソグニルも、心配そうにルイズたちを見つめてくる 「ミス・ロングビルこそ…無理をしないでくださいね。いざとなったら、すぐに逃げてください」 「あなたたちを置いて、逃げるわけには行きませんよ。それに、私も没落した身とは言え、メイジなんですよ?」 杖を見せつつ、微笑んでくるロングビル それでも、相手は土くれのフーケ あの巨大なゴーレムを前にしては、並の魔法では太刀打ちできまい …あの巨大ゴーレムの片脚を両断してしまったルイズが異常なのである。ありとあらゆる意味で ルイズはそっと、デルフを鞘から抜いて手に持つと、キュルケと一緒に小屋に向かっていく 「デルフ、ちょっと静かにしていてね」 「わーってらぁ。いくら俺でもそれくらいは空気読む」 かたかた、小さく音を立てながら、ルイズに答えるデルフ 小屋の付近で待機していたタバサと合流し…三人と一振りは、小屋の中へと入っていった 「………」 小屋に入っていく三人の背中を見送って…ロングビルは、小さくため息をついた ミス・ロングビル それは、偽名 オールド・オスマンの秘書は仮の姿 彼女こそが、土くれのフーケ 巷を騒がせる貴族しか狙わない盗賊・土くれのフーケ そんな彼女は、今、少し憂鬱を感じていた …魔法学院から、悪魔の種を盗み出した時…キュルケとシエスタを、危険な目にあわせてしまった事だ あの日、あの時 ルイズが、宝物庫の壁を、爆破してくずしてしまった、その瞬間 …チャンスだと思った どうやって突破したらいいものか、悩んでいた宝物庫の強固な固定化 それを解いてしまった、ルイズの爆発魔法 原理や理屈なんて、どうでもいい とにかく、チャンスだったのだ 固定化がかけ直される前に、中の悪魔の種を頂く すばやくゴーレムを作り出し、さらに壁を崩しにかかった …夢中になっていたため、気づかなかった ゴーレムの足元に、キュルケとシエスタがいただなんて シエスタは平民だし、キュルケも貴族とはいえ、まだ少女 その二人を、危険な目に合わせてしまった 土くれのフーケと呼ばれて、大悪党と呼ばれる彼女 しかし、根っからの悪党ではない 貴族の屋敷から色々と盗み出す時だって、なるべく怪我人は出さないようにしていたし、死人なんて持っての他 …人殺しになどなってしまったら、故郷で待たせている妹に、顔向けできないから そうだと言うのに、目先の宝に意識を奪われ、二人を危険な目に合わせてしまった ルイズが、信じられない程の身体能力を見せ付けずにいたら、二人は間違いなく死んでいた どう、詫びたらいいのかわからない いや、詫びる事などできないのだ、正体を知られるわけにはいかないから せめて…せめて、悪魔の種はこのまま返そうか、フーケはそう考えていた いざ手に入れた悪魔の種、しかし、フーケもその使用方法はわからなかった 宝石として売りさばく事もできるだろうが…大した値も、つきそうにないし (…まぁ、あれを無事持ち帰れば、あの子たちも評価されるだろうしね) それが、せめて自分に出来る詫びだろう フーケは、三人が入った小屋を見つめながら、そう考えた …そうだ このまま、三人が悪魔の種を持って小屋を出てきて 後は、魔法学院に帰ればいい ただ、それだけでいいのだ …そう、考えていたのに 「…ちゅ!?ちゅ、ちゅちゅ!!」 「……ん?」 ちゅうちゅう フーケの肩に乗っていたモートソグニルが、警戒するように辺りを見回しだした そして、フーケに、必死に何かを伝えようとしている 「…どうしたんだい?」 「ちゅちゅーーー!!」 鼠の言葉などわからない 一体、何を伝えようとしているのか フーケは、首をかしげ、直後… 「………!?」 背後に生まれた、殺気に 杖を構え、急いで振り返った …時を少し、巻き戻して小屋の中 悪魔の種は、あっけなく見付かった 悪魔の種が収められた箱は、蓋をあけたまま放置されていたのだ 中には、きらきら、悪魔の種がころころと、いくつも収められている 「間違いない、これだわ」 宝石のような見た目のせいか、キュルケが明確に、その見た目を覚えていた ルイズのおぼろげな記憶とも、一致する 「ん~?なんだこりゃ。これのどこが種なんだ?」 「さぁ?でも、一応悪魔の種、なんて呼ばれているのよね」 ひょい、と何気なく、ルイズはいくつかの悪魔の種のうちの一つから、少し大きめの物を手に取った …瞬間 ルイズの頭に、流れ込む情報 「……え?」 「ルイズ?どうかしたの?」 何? 何だ?これは? 「ガルム…ハンマー?」 「は?」 ルイズが呟いた言葉に、キュルケもタバサも首をかしげた 口にしたルイズ自身も、その意味はよくわからない ただ、情報だけが、頭に流れ込んできて (え…?これが、武器だって言うの?) 頭に、とめどなく流れてくる情報 それは、この悪魔の種が武器である、と伝えてきていた この宝石のような物の、どこが武器なのだ? 不思議に思い、ルイズは他の悪魔の種にも手を伸ばした 刹那 「え?」 悪魔の種が、ぽう、と光を発した 大きめの悪魔の種と、小さめの悪魔の種 そのどちらもが、光りを発して 光が収まった、その瞬間 「……えぇえ!?」 ルイズの手の上に乗っていたはずの、悪魔の種 それが、忽然と消えてしまった 「え?ど、どうなってるのよ!?」 「…消滅、した?」 慌て出すキュルケ タバサも、どうやら困惑しているようだ …そんな、中 ルイズは一人、妙に冷静だった 悪魔の種は、消えてしまった? いや、違う 「…私の、中、に?」 自分の中 具体的に言うと、腕の辺りに…悪魔の種が、入り込んできたような そんな感覚が、したのだ へ?と、デルフも間の抜けた声をあげる 「…なんだぁ?相棒の体ん中に、何か入ってきたみてぇだぞ?」 「え?ルイズの体の中に?どう言う事よ?」 うぅ、どう答えたらいいのだろう ルイズが答えに悩んでいると… ……っぞくり 全身を、駆け抜けた悪寒 体の中の使い魔が、何かを伝えようとしてきている その、伝えようとしている内容を…ルイズは、ようやく理解した テキガチカヅイテキテイル タタカエ、タタカエ、タタカエ!!! 「な……に……?」 何? この感覚は、何なの!? パニック状態に陥りそうになるルイズ 敵? 土くれのフーケの事!? ざわり、ざわり、体中を走りぬける衝動 内側から、何かが湧き上がってくる、そんな気がして 己の体に起こっているこの事態を、理解するよりも、前に 小屋の外から、ロングビルの悲鳴がルイズたちの耳に、届いた 前ページ次ページデモゼロ
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そんなこんなで教室にやってきたルイズと暁。 二人が入ると生徒達の視線が一斉に集まる。 バカにしたような目で見られ、笑い声が聞こえてくる。 ルイズはそれらを無視して席に着く。 キュルケ一人だけは暁に手を振ってくる。 暁はそれに答え、にやけ顔で手を振り返す。 それを見たルイズは無言のまま暁の足を踏みつけた。 悶絶する暁にルイズは 「アンタは座っちゃダメ」 と一言だけ告げ、すぐに前を向く。 本来なら抗議のひとつでもしたいところだがルイズがとても怖いので仕方なく教室の後ろに行く。 しばらくすると教室に優しそうな中年女性が入ってきた。 教師のミセス・シュヴルーズである。 「みなさん、春の使い魔召喚の儀式は成功のようですね。」 シュヴルーズはそう言いながら使い魔たちを見回す。 すると教室の後ろの暁に目が止まる。 「おやミス・ヴァリエール、ずいぶん変わった使い魔を呼び出したようですね」 その言葉に教室が笑い声に包まれる。 暁は自分を人気者だと勘違いしたのか、頭をかきながら笑顔でみんなに愛想を振りまく。 それを見たルイズは顔が真っ赤になるのを自覚した。 あのバカ、また調子に乗って! 昼食も抜きにしてやろうかしら。 そんな暁へのお仕置きを考えていると 「それでは授業を始めます」 シュヴルーズの声でルイズは考えるのをやめ、授業に集中した。 授業の内容は魔法の基礎知識だ。 火、水、土、風の四大要素や失われた虚無のことなど わかりやすく説明している。 そんな授業を聞きつつ暁は寝ていた。 壁にもたれ、座り込みながら熟睡している。 最初は魔法の授業なんておもしろそうだと好奇心に満ちた暁だったが 開始5秒で夢の世界に入ってしまった。のび太君並である。 ふと自分の使い魔の方を見たルイズは慌てて起こそうとする。 「アンタなに寝てんのよ、起きなさい」 シュヴルーズに聞こえないように、なるべく小さな声で暁に呼びかけた。 が、そんなもので暁は起きるはずも無く 「長官ー!」 「誰に物を言っている」 だのよくわからない寝言をぼやいている。 「ミス・ヴァリエール!後ろを向いて何をブツブツ言っているのです!」 「す、すみません…」 シュヴルーズに注意され、教室のみんなに笑われたルイズは暁へ怒りを向ける。 絶対後でお仕置きしてやるんだから! しかしシュヴルーズはさらに言葉を続ける。 「それではこの錬金はミス・ヴァリエール、貴方にやってもらいましょうか」 笑い声に包まれていた教室は水を打ったように静かになり、生徒たちの顔色が青くなる。 「あのー、ルイズはやめたほうがいいと思います」 一人の生徒が提案するがシュヴルーズは却下する。 「何を言っているのですか。さ、ミス・ヴァリエール、気にせずやってみましょう」 「は、はい」 力なく返事をするルイズ。 生徒たちは半ば諦めて机の下に隠れ、その使い魔も物陰に身を隠す。 居眠りをしてる暁を除いて。 女は度胸。 こうなったら一か八かよ! ルイズは決意を固めて杖を振るう。 その瞬間ゼロのルイズの代名詞ともいえる爆発が起こった。 「なんだぁ!」 突然の爆発音に暁は目を覚ます。 周りは舞い上がった埃でよく見えない。 「一体何が…」 その後の台詞を暁は喋ることができなかった。 爆発で飛び散った破片の一つが暁の頭に直撃したのだ。 「ギャー!」 暁は叫び声を上げつつ本日二度目の居眠りに入った。 大破した教室にはルイズと暁の二人だけだった。 授業は中止になり、罰として後片付けをしている。 「何で俺まで掃除しなきゃなんないワケ?俺のせいじゃないじゃん」 痛い頭を擦りつつ暁は不満を口にして瓦礫を片付けている。 「うるさいわね、使い魔なんだから手伝いなさいよ」 ルイズは机を拭きながら暁に答える。 「魔法失敗したんだって?キュルケちゃんから聞いたよ」 どうやら暁にはバレていたようだ。 もう隠してもしょうがないだろう、ルイズは認めた。 「そうよ、おかしい?魔法も使えない貴族なんて」 暁の性格からしてからかったりするのだろう、そうルイズは予想したが 「ん?別に。誰でも失敗はするでしょ」 意外にもバカにしたような答えは返ってこなかった。 しかしルイズは落ち込んでいる。 暁は失敗をたまたまと思っているかもしれないからだ。 ルイズはすべてを話す。 「違うわ、私はいままで魔法の成功は一度も無いの。魔法の成功ゼロだから ついたあだ名がゼロのルイズ。だからいつもみんなにバカにされて…」 自分で言っていて悲しくなってきた。 こいつも私のことを軽蔑するのかな そんなことを考えていた。 「気にすんなって、そんなこと。いつか使えるようになるさ」 暁はルイズをバカにしたりはしなかった。 女の子が落ち込んでいたら必ず励ます。そんなの暁にとっては基本だ。 しかし今のルイズにそんな言葉は効果が無い。 「いつかっていつよ!気休めはやめて!私だっていつかは使えると思ってた。 勉強もいっぱいしたし、魔法だっていっぱい唱えたわ。でも出来ないのよ! 魔法が使えない貴族なんて何の意味があるの?お姉さまたちもクラスメイトもみんな使えるのにどうして私だけ。 それにアンタみたいなただの平民を…」 自分に対する苛立ち、不満を一気に吐き出したルイズは肩で息をするほど興奮している。 そんなルイズの傍に暁は寄る。 そして同じ目線まで腰を落とし語りかける。 「だからさ、焦ることないって。今まで頑張ってきたんだろ。もうちょっとのんびりいこうよ。」 「のんびりなんて出来ないわ」 ルイズはまだ沈んだままだ。 バカにされたくないのもあるが貴族としての自分のプライドもある。 暁はうーんと唸って、ルイズに提案した。 「じゃあさ、こう考えない?明日は使えるかもしれないって」 「明日?」 「そ。それなら毎日が楽しみになるじゃん。一度しかない人生なんだからさ、気楽にいこうよ。ふんわかふんわか、ね」 「何よ、ふんわかって」 聞き慣れない変な言葉にルイズは少し表情が緩む。 その瞬間を見逃さず暁は続ける。 「それとさ、魔法使えるようになったら俺に一番に見せてよ」 「アンタに?」 「うん、俺使い魔なんだから当然の権利でしょ。でもルイズの初めての魔法ってどんなのかな。 石をバナナパフェに変えるとかだったらいいよなー」 「そんな変な魔法あるわけないでしょ!」 暁にすかさずツッコミを入れるルイズにはちょっとだけ笑顔が浮かんでいた。 やっぱ女の子には笑顔が一番だな その後、ルイズと暁は初めての魔法をあーでもないこーでもないと言い合いながら掃除を済ませ 昼食に向かうのだった 「そういえばアキラ、朝食のときドコに行ってたのよ?」 「あ…あー、まあそれはいいじゃないの。ね」
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前ページ次ページZERO A EVIL 無事に裏口から脱出したルイズ達は、船が停泊している桟橋に向かっていた。 貴族派の妨害があった以上、一刻も早くアルビオンに辿り着かなければならない。 長い階段を駆け上がり丘の上に出ると、四方八方に枝を伸ばした巨大な樹が現れる。枝の部分には船が木の実のようにぶら下がっていた。 後ろを振り返ってみても、追っ手が来る様子はない。どうやら、フーケはうまく敵をひきつけてくれているようだ。 「よし、こっちだ!」 ワルドに促され、ルイズ達は樹の根元にある空洞の中に入っていく。 空洞の中には各枝に通じる多くの階段がある。ルイズ達はアルビオン行きの階段を見つけると、再び長い階段を上り始めた。 階段をしばらく上り続け、踊り場付近に辿り着いた時、ルイズは背後からこちらに近づいてくる足音を耳にする。 慌てて振り向くと、白い仮面という怪しげな風貌の男がこちらに向かってくるのがわかった。 どう見ても船に乗りに来た客には見えない。貴族派の刺客とみてまず間違いないだろう。 そう考えたルイズがワルドとシエスタに知らせようとした瞬間、仮面の男は走るスピードを上げ黒塗りの杖を取り出すと魔法を詠唱し始める。 すると、仮面の男の杖の先端が白く光る。一撃で相手を刺し貫くことができる威力を持つ魔法、エア・ニードルだ。 仮面の男は最後尾のシエスタに目をつけたようで、一直線にシエスタの方に向かっている。シエスタも仮面の男に気付いたようだが、その時には男はすぐ側まで迫っていた。 それを見たルイズは、背中に背負っていたデルフリンガーを抜き、一気に仮面の男との距離を詰める。 そして、シエスタを貫こうとしたエア・ニードルをすんでのところで受け止めた。 「シエスタには指一本触れさせないわよ!」 「やっと俺の出番がきたぜ! さあ相棒、一気にやっちまえ!」 デルフリンガーは自分の出番がきたことに喜んでいるようだが、ルイズの心はそれどころではなかった。 あと一歩でも遅かったらシエスタは命を落としていたかもしれないのだ。そう考えると、この仮面の男を許すわけにはいかなかった。 憎しみと怒りの感情が溢れそうになるのを抑えつつ、ルイズはデルフリンガーを構えて仮面の男と対峙する。左手のルーンは僅かに光を放っていた。 「シエスタ、今のうちにここから離れて!」 「は、はい!」 「ワルド様、シエスタをお願いします!」 ワルドにシエスタのことを任せたルイズは、仮面の男に向かって高くジャンプするとそのまま勢いよく斬りかかる。 オルステッドが使っていた技である『ジャンプショット』。シンプルだが強力な技だ。 仮面の男はとっさに杖でガードするが、勢いを殺しきれず、鍔迫り合いでルイズにおされる形になる。 ルイズはその隙を見逃さず、渾身の力でデルフリンガーを仮面の男に叩きつける。剣をハンマーの代わりにして相手を叩く力技『ハンマーパワー』。峰打ちだが威力は申し分ない。 ルイズの攻撃をまともに喰らった仮面の男は、回転しながら後ろに吹き飛ばされる。 その時、いつの間にか側まで来ていたワルドが追い討ちをかけるようにエア・ハンマーを放つ。直撃を喰らった仮面の男は階段から落下していった。 その後しばらく待ってみても仮面の男が戻ってくる気配はない。どうやら撃退に成功したようだった。 「どうやら、もう大丈夫のようだね。さすがルイズ、見事な剣さばきだったよ」 「そんな。敵を撃退できたのはワルド様のお陰ですわ」 「謙遜することはない。君の力は僕の想像以上だよ! この力があれば貴族派の妨害など恐れることもないさ!」 「ワルド様?」 どこか興奮気味に語るワルドを不思議に思ったが、戦いに勝って気分が高揚しているのだから無理もないと気にしないことにした。 シエスタにも怪我はなさそうなので、ひとまずは安心といったところだろうか。 「あれ? ひょっとして俺の出番、もう終わり?」 そんなデルフリンガーの呟きをよそに、ルイズ達はさらに上を目指す。 階段を上りきり、桟橋に着いたルイズ達は、そこに停泊している船に乗り込む。 いきなり現れたルイズ達に船員は驚くが、ルイズとワルドが貴族だとわかるとすぐに船長を呼びに行った。 船長との交渉の末、ワルドが風の魔法で風石の代わりをすることで話はまとまり、船はアルビオンに向けて出港する。 「二人ともよくがんばったね。空に出てしまえばしばらくは安全だろうから、今のうちに休んでおくといい」 ずっと走りっぱなしで疲れていたルイズは、ワルドの言葉に甘えて客室で休むことにした。 シエスタはルイズと一緒の部屋で休むのをためらっていたが、ルイズに強引に引きずられていってしまう。 そんな二人の姿をワルドは微笑みながら見送っていたが、その目はシエスタの後姿を鋭く射抜いていた。 翌日、アルビオンが目に見える位置まで近づいた時にそれは現れた。 舷側から大砲を突き出した大きな黒い船が近づいてきたのだ。旗も掲げていないところを見ると、どうやら空賊のようだ。 その船にルイズ達の船はあっけなく停船させられてしまう。この船の武装は貧弱で、頼みのワルドも船を浮かすために精神力をほとんど使っていたのだから無理もなかった。 甲板に降り立った派手な空賊の男が船長と交渉している。どうやらこの男が空賊の頭のようだ。 そんな中、ルイズは大人しくしていた。ここで暴れればワルドやシエスタが危険な目に遭う可能性があるからだ。 もちろん二人に危害を加えるようならただでは済まさない。そんなことを考えながら、ルイズは怯えるシエスタを背中に隠し、成り行きを見守っていた。 男と船長の交渉はすぐに終わり、船長は命を助ける代わりに船と積荷を全て渡すという一方的な要求をのむことになった。 うな垂れる船長をよそに、上機嫌な男はルイズ達に目をつけると、船倉に閉じ込めるよう部下に指示を出す。後で身代金をたんまり取る腹積もりのようだ。 こうして、杖とデルフリンガーを取り上げられたルイズ達は空賊の捕虜になってしまうのだった。 「ルイズ様、これから一体どうなってしまうんでしょうか……」 「心配しなくてもいいわ。待っていれば、必ずチャンスは来るはずよ」 ルイズ達は、空賊が持ってきた水と食事のスープを飲みながら今後の事を話し合っていた。 シエスタにはああ言ったものの、ルイズも不安なのに変わりはない。だが、ワルドやシエスタの手前もあるので、冷静を装っていた。 そんな中、ワルドは一人落ち着いている。今は船倉の積荷を見て回る余裕すら見せていた。 その時、扉が開き空賊の男が入ってくる。男は三人を見渡すと、楽しそうに喋りだした。 「あんたらも運が悪かったな。まあ、大人しくしてりゃ悪いようにはしねえからよ」 「いや、そうでもないさ。目当ての人物にこうも早く会うことができるなんて思わなかったからね」 「あん? お前、一体何言ってんだ?」 「頭に伝えてくれないかな。我々はトリステインの大使で、アンリエッタ姫殿下から密書を言付かっているとね」 「……てめー、そんなことばらしちまってただで済むと思ってんのか?」 「いいから早く頭に伝えてくれないかな」 「いいだろう。ちょっと待ってな」 そう言うと空賊の男は船倉を出て行った。 二人の会話を聞いていたルイズとシエスタは唖然とした表情をしている。大事な任務をあっさり喋ってしまうワルドの真意がわからなかったからだ。 何か言いたそうな二人の表情にワルドは気付いていたが、特に気にする素振りもなく、ただ黙って男が戻ってくるのを待っていた。 しばらくして、男が船倉に戻ってくる。先程とは違い、表情は真剣そのものだった。 「来い。頭がお呼びだ」 男に連れられて、ルイズ達は船長室に通される。そこには、あの派手な空賊の男がいた。 「お前か、トリステインの大使ってのは」 空賊の頭の質問に、ワルドは優雅に一礼してから答える。 「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵です。先程伝えましたとおり、アンリエッタ姫殿下より密書を言付かって参りました」 「そんな大事なことを空賊なんかにぺらぺら喋っていいのかい? お前らを貴族派に売り飛ばすこともできるんだぜ」 「あなたがそんなことをするはずがないでしょう。ウェールズ・テューダー皇太子殿下」 その瞬間、その場にいた空賊全員の目がワルドを睨みつけるように鋭くなったのをルイズは見逃さなかった。 派手な空賊の男をウェールズ皇太子と結論付けたワルドの真意はわからないが、この反応を見るとまったくの見当違いにも思えない。 「俺がアルビオンの皇太子だっていう確証でもあるのかい?」 「殿下が指にしているのはアルビオン王家に伝わる風のルビーではありませんか? もしそうなら、トリステイン王家に伝わる水のルビーと共鳴し、虹色の光を作り出すことができるはずです」 その言葉を聞いたルイズは、アンリエッタから渡された水のルビーをワルドに手渡す。 「ワルド様、これを」 「ありがとうルイズ。殿下、よろしいですかな?」 空賊の頭は自分のしていた指輪を外すと、ワルドの持っている水のルビーに近づける。 すると、ワルドの言ったとおり二つの宝石が共鳴し、虹の光が作り出された。 「どうです、殿下」 「まいったな。まさかこんな形で見破られるとはね。君の言うとおり、私がアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」 ウェールズは苦笑いを浮かべながら変装を解く。それを見た周りの空賊達は一斉に姿勢を正した。 シエスタは突然の展開に驚いていたし、ルイズはウェールズの変装を見破ったワルドを尊敬の眼差しで見つめている。 そのため、二人はワルドの手際が良すぎることを疑問に思うこともなかった。 その後、ワルドから手渡された手紙を読み終わったウェールズは、アンリエッタから送られた手紙を返すことを了承した。 だが、手紙はニューカッスル城に置いてあるとのことなので、ルイズ達はウェールズと一緒にニューカッスル城に向かうことになる。 ワルドがウェールズから手紙を受け取れば、今度はルイズの任務が始まる番だ。 ニューカッスル城に着いたルイズ達は、ウェールズの自室に通される。 ウェールズは机の中から宝石箱を取り出すと、中に入っている手紙を読み返し始めた。すでに何度も読んでいるのか、手紙はぼろぼろであった。 手紙を読み終えたウェールズは、それを丁寧に折り畳み、封筒に入れワルドに手渡す。 「姫からの手紙は、この通り確かに返却したぞ」 「ありがとうございます」 頭を下げ、ワルドが手紙を受け取る。 ワルドの任務が終了し、いよいよルイズの出番がやってきた。 「恐れながら、殿下に申し上げたいことがございます」 「君は?」 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。幼少の頃、アンリエッタ姫殿下の遊び相手を務めさせていただきました」 「ほう。よし、何なりと申してみよ」 「ありがとうございます」 ルイズは一つ息を吐くと、意を決したように話し始めた。 「私は姫様から重大な任務を受けてここにやってきました。殿下、姫様は殿下がトリステインに亡命することを望んでいます! 私達と一緒にトリステインにいらしてください!」 「それはできない。私はアルビオン王家の誇りをかけて、最後の最後まで戦い続けるつもりだ」 「お願いでございます! 姫様は今でも殿下のことを愛しております! 私にも愛している人がいます。ですから、姫様のお気持ちがよくわかるのです! もし、殿下が亡くなられるようなことがあれば、姫様は悲しみに打ちひしがれてしまいます! それに、このまま勝ち目のない戦いを続けるより、トリステインに亡命して再起を図る方がきっといい結果が得られるはずです! ですから、どうか、どうかお願いします!!」 ルイズの熱のこもった説得を聞いたウェールズは静かに目を閉じる。どうやら頭の中で考えをまとめているようだ。 ルイズはウェールズの返答を緊張した面持ちで待っている。やがて、ウェールズは目を開けるとルイズへ答えを出した。 「亡命はできない。例えそれが姫の望みであってもだ」 「殿下!」 「明日、ニューカッスル城への総攻撃が始まる。朝には非戦闘員を乗せた船が脱出する予定だ。君達もそれに乗って帰りなさい」 「待ってください!」 「そろそろパーティーも始まる時間だ。王国が迎える最後の客として、是非参加してほしい」 「まだ話は!」 「よせ、ルイズ!」 淡々と話すウェールズに、なおも食ってかかろうとするルイズだが、ワルドに止められてしまう。 「このまま君が取り乱してしまっては、ますますいい結果が得られなくなる。ここは僕に任せてくれないか」 「ワルド様、でも!」 「ルイズ、僕を信じてくれ」 「……わかりました」 「ありがとう。シエスタ、ルイズを連れてしばらくここから離れてくれないか」 「は、はい。ルイズ様、行きましょう」 ルイズはシエスタに連れられて部屋の外に出て行く。 ウェールズの説得に失敗した自分を情けなく思うが、まだ全てが終わったわけではない。 ワルドがきっといい方向に話をもっていってくれることを信じて、ルイズは待つことにした。 夜になり、城のホールではパーティーが始まる。 明日、貴族派の総攻撃があるというのに、パーティーに参加している者達の表情は明るかった。皆が楽しそうに食事をしたり、踊ったりしている。 一方、ルイズは用意された客室でシエスタと一緒にワルドの帰りを待っていた。 城のメイドからパーティーが始まるという知らせを受けたが、自分の代わりにウェールズを説得してくれているワルドを置いて、パーティーに参加できるわけがない。 「それにしても遅いねー。何かあったんかね?」 「ウェールズ殿下を説得するのは、いくらワルド様でも簡単にはいかないわ。あれだけ強い意志を持っていらっしゃるんだもの」 デルフリンガーの呟きに答えるルイズの声には不安の色が混じっていた。あのウェールズの強い意志をどうやって曲げさせるのか、ルイズには想像もできない。 もし、ワルドの説得が失敗すれば、明日の総攻撃でウェールズは命を落としてしまうかもしれない。そう考えると気が気でなかった。 その時、ドアをノックする音と共にワルドが部屋に入ってきた。 「遅くなってすまない」 「ワルド様! ウェールズ殿下の説得はうまくいきましたか?」 「ルイズ、落ち着いて聞いてほしい。説得はうまくいかなかったが、ウェールズ殿下の意志を変えることができるかもしれない妙案があるんだ」 「その案とは何なのです?」 ルイズは緊張した面持ちでワルドの返事を待っている。ワルドはルイズが落ち着いているのを確認した後、口を開いた。 「僕達がここで結婚式を挙げるんだ」 「け、結婚式ですか!?」 「そうだ、お互いに愛し合っている僕達の結婚式を見れば、きっとウェールズ殿下の考えも変わるはずだ」 確かに、ウェールズがアンリエッタを愛しているのなら、幸せそうな結婚式を見ることで心に迷いが生まれる可能性はある。 ワルドと結婚することで自分だけ幸せになるのはアンリエッタに申し訳ないが、これでウェールズの命を救うことができたならアンリエッタも喜んでくれるはずだ。 こんな形で結婚式を挙げるとは思わなかったが、ワルドと結婚することに不満はまったくない。 「わかりました。私、ワルド様と結婚します」 「ありがとう、ルイズ。ウェールズ殿下にはすでに明日の結婚式の媒酌を頼んである。大丈夫、きっとうまくいくさ」 「はい!」 ルイズの返事に満足そうに頷いたワルドは、続いてシエスタの方に視線を向ける。 「シエスタ、君はその剣を持って先に船で脱出しなさい。僕とルイズはウェールズ殿下を連れてグリフォンでトリステインに帰る」 「え、でも……」 「待ってください、ワルド様。シエスタには私の結婚式に出席してもらいたいんです」 「しかし、グリフォンにはそんなに大勢は乗れないんだ」 「それなら、船が出発する前に結婚式を挙げましょう。ウェールズ殿下を説得する時間も必要なのですから、早くても損はないはずですわ」 ルイズは世話になっているシエスタに自分の晴れ姿を見てもらいたかったし、自分の結婚式に親しい人間が一人も出席しないのは嫌だった。 この状況では、姉のカトレアもアンリエッタも出席することはできない。だから、せめてシエスタだけでも出席してほしいと思ったのだ。 「わかった。ウェールズ殿下には僕から連絡しておくよ」 「すみません、ワルド様」 シエスタが結婚式に出席するのを認めたワルドは、ウェールズに連絡するために部屋を出て行った。 「ありがとうございます、ルイズ様。私なんかがルイズ様の結婚式に出席できるなんて夢のようです」 「私の一生に一度の晴れ舞台なんだから、シエスタには出席してもらわないとね。デルフ、あんたも出席すんのよ」 「おう、相棒の勇姿を拝ませてもらうぜ」 その後、ルイズ達は明日に備えるため早めに寝ることにした。 今日は興奮して眠れないと思っていたルイズだが、疲れていたせいもあり、ベッドに入るとすぐに眠ることができた。 ルイズは夢を見ている。 夢の中のルイズは、日の本という国でとある城の城主をしていた。 ルイズには大きな野望があった。混乱状態にある日の本を戦乱に巻き込み、その戦乱に乗じて自分が日の本を支配しようと企んでいたのだ。 そのために人外の力を手に入れ、異形の者達を手下にするなど着々と準備を進めてきたルイズだが、それを邪魔する者が現れた。 ルイズの野望を成功させるために捕らえていた男をある忍びが救出にやってきたのだ。 忍びの力はかなりのもので、捕らえていた男を救出されただけでなく、異形の手下達も倒されてしまう。 そして、忍びと捕らえていた男がついにルイズの所までやってくる。 だがルイズには人外の力がある。負ける気は毛頭なかった。 天守閣の屋根の上で、ルイズはカエルとヘビの姿に変化する。この姿こそ、これからの日の本を治めるのに相応しい気高き姿だとルイズは思っていた。 しかし、忍びと捕らえていた男にルイズは敗れ、天守閣の屋根の上から落下する。 こうしてルイズの野望は脆くも崩れ去ったのだった。 場面が切り替わり、ルイズの姿が変わる。 次のルイズは、鳥の顔をした大仏の姿をしていた。だが、これはルイズの本当の姿ではない。 この姿は、ある寺の池に捧げられた2000人の液体人間の憎しみという感情から生まれたルイズが、池の中央に建っている大仏に宿っただけなのだから。 ルイズの目の前には、自分と同じくらいの大きさのロボットが立っている。 液体人間の強い憎しみの感情に突き動かされるように、ルイズは目の前のロボットに戦いを挑む。 だが、圧倒的な強さを持つロボットにルイズは敗れてしまう。 ルイズは敗れたが、それで液体人間の憎しみが消えるわけではない。 液体人間は自分達をこんな姿に変えた者達を飲み込み、ルイズを倒したロボットさえも飲み込もうとするのだった…… 再び場面が切り替わる。 今度のルイズは、以前見た夢と同じように山の頂上で下にいる者達を見ているだけだった。 だが、今回の夢は下にいる人物が違っている。下にいたのは背格好がまったく違う4人の人間と魔王だった。 やがてオディオと名乗った魔王と人間達との間に戦いが始まる。魔王の力は恐るべきものだったが、戦いは人間達の勝利で幕を閉じた。 戦いに敗れた魔王は真の姿を現す。そこに現れた姿を見たルイズに衝撃が走った。 魔王の正体は、ルイズもよく知っているオルステッドだったのだから…… その時急に場面が切り替わり、ふと気が付くと、ルイズは別の場所に立っていた。自分の姿を見てみると、魔法学院の制服を着たルイズ本人の姿なのがわかる。 辺りを見回してみると自分の周りに7つの石像があるのがわかった。石像を見ようと近くによるが、その姿を見たルイズは驚いてしまう。 「こ、これって!」 その7つの石像にルイズは見覚えがあった。 翼のないドラゴン、頭だけの姿をしたマザーコンピュータ、坊主頭の格闘家、ガトリング銃を持った大男、武道家、カエルとヘビの変化、鳥の顔をした大仏。 全て夢の中でルイズが体験した姿だった。 その時、奥に見える扉から一人の男が現れる。オルステッドだ。 オルステッドが現れたことでルイズは激しく動揺する。7つの石像とオルステッドは、自分もここにいる者達と同じ末路を迎えるということを示しているように感じられた。 だが、それを認めるわけにはいかない。 「私はあなた達と同じにはならないわ! 結婚式だってうまくいくし、ウェールズ殿下の命だって救ってみせるんだからッ!」 そう叫んだ瞬間、7つの石像の目が光を発し、周りの風景がぼやけていく。 ルイズが最後に目にしたのは、悲しそうな表情を浮かべるオルステッドの姿だった。 やがて、ルイズはゆっくりと目を覚ました。窓の外は薄暗く、まだ夜が明けていないのがわかる。 「大丈夫。きっとうまくいく、きっと……」 だが、いくら大丈夫と呟いてみても不安が晴れることはなかった。 前ページ次ページZERO A EVIL
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前ページゼロの答え 深夜の中庭。二つの月が照らす中、デュフォーとそれを見つめるルイズとキュルケ、そして自らの使い魔に乗って上からそれを見るタバサの姿がそこにあった。 あの後、中庭に出たところキュルケとタバサも来て何をしているのかルイズに追求してきた。 そしてとうとう根負けしたルイズが事情を話し、キュルケとタバサは半ば押しかけ気味に見届け人として参加すると言ってきたのだ。 デュフォーは我関せずと他人事のようにそれを静観していた。 最初はまったく興味なさそうだったタバサだったが、"ガンダールヴ"という言葉を聞くと積極的に参加の意を示してきた。 「あそこの壁を傷つければいいんだな」 そういうとデュフォーは本塔の壁を指差した。 「ええ、そうよ。あんたが本当に"ガンダールヴ"ならそのくらい楽勝でしょ?」 腕組みをしてルイズが答える。 本塔の壁にどれだけの傷を付けられるか?それがルイズたちの出したデュフォーが本当に"ガンダールヴ"なのかどうかを知るためのテストであった。 本塔の壁は非常に頑丈にできている。その上、指定した場所は地面からかなりの高さである。 普通の人間ならとてもではないが手出しできないような位置を指定していた。 仮に本当に"ガンダールヴ"だとしても地面からそれだけ高さのある場所なら、多少の傷しかつけられないとはタバサの弁であった。 タバサがウィンドドラゴンに乗っているのは、指定した場所が場所であるので、宙に浮いて見ないと正しく判別できないだろうとのことからである。 デュフォーはルイズたちの指定した場所の後ろが宝物庫だと知っていたが何も言わなかった。 どうでもいいことだからである。 ルイズが合図をすると同時に、デュフォーの左手のルーンが光り輝いた。 そしてデルフを持って振りかぶり、投げる。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「「「「「えっ!?」」」」」 デルフから伸びる悲鳴と、五つの驚きの声が夜の中庭に響いた。 ルイズたち三人以外の声の内、一つは植え込みの中、もう一つはタバサの方から聞こえたのだが、叫んだ当人たちは誰もそのことに気が付かなかった。 そしてデュフォーはそのことに気づいてはいたものの、最初からそこに人がいたり、タバサの使い魔は風韻竜で喋れるということを知っていたので特に反応はしない。 (タバサは自分の使い魔が喋ったことには気が付いていたので、杖で軽く頭を叩いた) 悲鳴をなびかせながら、デルフは見事に根元まで、本塔の壁に突き刺さった。 ルイズたちが指定した場所に寸分の狂いも無く埋まっている。 「これでいいんだろ?」 ごくり、とその場にいた全員が息を呑んだ。 一瞬間を空けて、フーケは我に返るとすぐさま詠唱を始めた。目の前で起きた光景は信じられないが、チャンスであることには違いは無い。 長い詠唱であったが、その場にいたデュフォー除く全員が壁に突き刺さった剣に目を奪われていたので完成まで誰にも邪魔をされることは無かった。 デュフォーは別にどうでもいいといった感じでフーケを邪魔することも無く、ルイズたちが剣を見るのを眺めていた。 巨大なゴーレムが現れるとデュフォーはとりあえず近くにいるキュルケとルイズの肩を叩いた。 「「きゃっ!?」」 突然の刺激に驚いたのか二人が身を竦める。 「な、何するのよ!」 「ダーリンったら。触りたいなら前もって言ってくれれば」 まるで別々のことを言ってくる二人だったが、二人とも同じようにデュフォーに無視された。 あれを見ろ、デュフォーはそう言ってルイズたちの後ろを指差すと小石を拾ってタバサに軽く投げる。 こつんと頭に当たり、惚けたような表情で剣を見ていたタバサが我に返る。 そして石が飛んできた方向を見て、固まった。ルイズとキュルケも同様にデュフォーが指差した方向を見て固まっていた。 土でできた巨大なゴーレムがそこに居た。 いち早く硬直が解けたキュルケが悲鳴を上げて逃げ出す。 タバサがウィンドドラゴンでキュルケを拾った。 ゴーレムはデュフォーたちのいる場所。本塔の方へと向かっているため、キュルケのようにその場を離れなければウィンドドラゴンで拾うことは難しい。 だがルイズは逃げようとしない。それどころかゴーレムに向けて呪文を唱える。 巨大な土ゴーレムの表面で爆発が起こる。"ファイヤーボール"を唱えようとして失敗していつもの爆発が起こったのだろう。 当然ゴーレムには通じない。表面がいくらか爆発でこぼれただけだ。 それから何度もルイズは呪文を唱えた。そのたびに爆発が起こる。だがゴーレムはびくともしない、爆発のたびに僅かに土がこぼれるが、それだけだ。 「逃げないのか?」 冷静な声で隣に居るデュフォーがルイズに訊ねた。 ゴーレムはもうすぐ近くまで来ている。 「いやよ!学院にあんなゴーレムで乗り込んでくる奴なのよ。そんな奴を捕まえれば、誰ももう、わたしをゼロのルイズだなんて……」 真剣な目でルイズが言いかけた言葉をデュフォーは遮った。 「お前、頭が悪いな。あいつを捕まえようがお前がゼロのルイズと呼ばれることに関係はないだろう」 息が詰まる。怒りで目の前が真っ赤になった。許せない。ただその言葉だけがルイズの頭の中に浮かんだ。 「ふふふふ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 その叫びに、ゴーレムも驚いたのか動きが止まる。 「ななな、なんでわたしがゴーレムを捕まえても関係ないってあんたにわかるのよ!」 怒りのあまり呂律の回らなくなった口調で叫び、ルイズがデュフォーに掴みかかる。 「お前がゼロと呼ばれているのは魔法が使えないからだろう?例えこいつを捕まえようがお前が魔法を使えないことに変わりはない」 まったく熱を感じさせない声でデュフォーがルイズに告げる。 「だから逃げろって?こいつを倒しても扱いは変わらないから。……はっ、冗談じゃないわ!」 ルイズは短く吐き捨てるとこう叫んだ。 「敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!たとえゼロのルイズと呼ばれるのが変わらなくてもわたしは決して逃げないわ!」 再び動き始めたゴーレムがルイズを踏み潰そうと足を振り下ろした。 その足に対してルイズが杖を振る。爆発が起こり、土がこぼれた。まったく変わらないゴーレムの足がルイズへと迫る。 ルイズの視界がゴーレムの足で埋め尽くされる。そこで横から引っ張られた。 地面に投げ出され、尻餅をつく。横を見上げるとそこにデュフォーが立っていた。ギリギリのところでデュフォーが踏み潰される前にルイズを助けたのだ。 ゴーレムの方はルイズを踏み潰したと思ったのか、それとも興味をなくしたのかその場で止まった。 そして腕を引くと、本塔の壁。それも壁に突き立っているデルフを殴り飛ばした。当たる瞬間にフーケの魔法により、ゴーレムの拳が鉄に変わる。 デルフを楔として、本塔の壁に亀裂が走る。一瞬の沈黙の後、壁が崩れた。 ゴーレムの肩からフーケが降りると壁の中へと入っていく。壁の後ろにあるのは宝物庫。フーケの狙いはその中にある破壊の杖だった。 助けられたことで張り詰めていた糸が切れたのか、ゴーレムが壁を破壊していくのを見上げながら、ルイズの目から涙がこぼれた。 自分の力が通じない悔しさにルイズは泣きながら拳を握りしめる。 そんなルイズに対してデュフォーが声をかけた。 「お前、頭が悪いな。逃げないのは構わないが無駄なことをして何がやりたいんだ?」 思いやりのまったくない言葉に更に涙が溢れる。 「だって、悔しくて……わたし……いっつも馬鹿にされて……だから見返したくて……」 嗚咽で途切れ途切れに言葉を紡ぐルイズ。 そんなルイズをデュフォーは一刀両断で切り捨てる。 「お前は本当に頭が悪いな。見返したいのなら、何故無駄なことをする?」 ナイフのようにデュフォーの言葉はルイズを切りつける。 泣きながらルイズはそれに反論した。 「わかってる……わかってるわよ、わたしじゃどうしようもないことくらい……でも、じゃあどうしろってのよ!」 その言葉に対する返事はすぐにデュフォーから返ってきた。 「オレが指示を出す」 ルイズは顔を上げた。 今聞いた言葉が信じられなかったからだ。 「どうやったらあいつを倒せるのか?その『答え』が欲しいんだろ?」 普段と変わらない冷静な表情でデュフォーはルイズにそう告げた。 「―――え?」 目に涙を浮かべたまま、告げられた言葉の真偽を確かめるかのようにルイズはデュフォーを見つめる。 いつもと変わらない表情。嘘でも慰めでもなく、ただ単純に事実のみを伝えたという様子でデュフォーはルイズを見ていた。 「……本当に、あいつを倒せるの?」 おずおずとルイズがデュフォーにそう訊ねた。 まるで目の前の希望に縋り付いて裏切られるのが怖いという様子でデュフォーの提案に乗ることを躊躇している。 だがそれもデュフォーが口を開くまでだった。 「お前、頭が悪いな。『答え』が出せるから、『指示する』と言ったんだ」 ビキッという音があたかも実際にしたかのような勢いでルイズの顔に青筋が浮かぶ。 同時にデュフォーの提案に対して躊躇させていた気持ちは跡形も無く吹き飛んだ。 「やるわよっ!やってやるわ!」 それを聞くとデュフォーはルイズに向けてこんなことを言った。 「そうか。だったら今から奴を追う。そして術者に対して直接"ファイヤーボール"を唱えろ」 あまりといえばあまりに突飛な提案にルイズの目が丸くなる。 「ちょっ、ちょっとデュフォー!何で"ファイヤーボール"であのゴーレムが倒せるのよ?防がれて終わりでしょ!」 「何を言っている?お前が魔法を使えば爆発が起きるだろう。それでゴーレムを操っている術者を直接倒せばいいだけだ」 「んなっ!ははははは、初めからわたしが魔法を失敗することが決まってるみたいに言わないでよ!ひょっとしたら成功するかもしれないじゃない!」 しかしデュフォーはルイズの怒声を無視すると、ウィンドドラゴンに乗って上空を飛んでいるタバサへと声をかけた。 「何?」 タバサはデュフォーの近くまで来ると、自らの使い魔の上から降りて何の用なのか訊ねた。 ルイズが対して何やら騒いでいるのは互いに完全に無視している。 「今からあのゴーレムを倒しに行く、だからその風韻竜で後を追ってくれ」 告げられたゴーレムを倒すという言葉よりも、風韻竜という言葉に驚いてタバサは息を呑んだ。 そしてデュフォーに対して警戒の目を向ける。だがデュフォーはこちらもあっさり無視してまだ騒いでいるルイズに向き直った。 その様子にタバサはこの場でそのことについて言及することを諦めた。 幸いなことに今デュフォーが言った風韻竜という言葉を聞いていたのは恐らく自分しかいない。 キュルケは風韻竜の上にいるから、今の会話が聞こえていた可能性は低い。ルイズは騒いでいるからこれもまた今の言葉が聞こえていた可能性は低い。 だがこの場で下手に追求したら、近くにいるルイズと自らの使い魔の風韻竜―――シルフィードの上に乗っているキュルケにも聞かれるかもしれない。 そう判断するとタバサはシルフィードに戻った。 そして"レビテーション"でデュフォーたちをシルフィードの背に乗せる。 デュフォーたちが乗ったことを確認すると、指示通りゴーレムを追いかけ始めた。 「ねえタバサ、あなたさっきダーリンから何を言われたの?」 シルフィードでゴーレムを追い始めて間もなくして、キュルケはタバサにそんなことを訊ねた。 デュフォーとルイズはピリピリとした空気を発していて、とても声をかけられる雰囲気ではない。 正確にはルイズだけがそんな空気を発しているのだが、デュフォーは平然とした顔でその近くにいるため同様に声をかけられる雰囲気ではなくなっている。 そのため親友であり、今のところ何もしていないタバサに聞くことにしたのだ。 「今からゴーレムを倒すって」 タバサはそれに対して短く答える。 「あ、それで私たちにも手伝うようにってことかしら?でもあんなゴーレム相手にどうやって?」 その返答に対しキュルケが訝しげな表情を顔に浮かべた。 当然だろう、あんなゴーレムをどうやったら倒せるというのだ。 「違う。今からあのゴーレムを操っている術者を吹き飛ばすから、そうしたら捕まえろって言われた」 その言葉に対してキュルケは息を呑む。 「ちょっ、ちょっと本気!?どうやったらそんなことができるのよ。ここから魔法を撃ってもあのゴーレムが防いで終わりに決まっているじゃない!」 タバサは叫ぶキュルケに眉根を寄せた。 「わからない。でも……」 そう言うとタバサは首を後ろに向けてデュフォーたちを見る。 「彼はできないなんて微塵も思っていない」 ゴーレムと風韻竜では速度において圧倒的に差がある。 そのためフーケのゴーレムに追いつくまでにはさほど時間はかからない。 丁度城壁を越えたところで追いつき、その上空を旋回する。 それを確認するとデュフォーは隣にいるルイズに声をかけた。 「ルイズ。あそこだ」 その指の先にはフーケの姿があった。 「そろそろ詠唱を始めろ。このままの位置を保ち、奴を吹き飛ばす」 その言葉にルイズが息を呑んだ。 そして意識を集中し、呪文を唱え始める―――が数秒もしないうちに詠唱は尻すぼみになり、途中で消えた。 「……やっぱり、無理よ」 消えてなくなりそうな声がルイズの口からこぼれた。 「何故だ?」 何を言ってるんだこいつは?という顔で聞き返すデュフォー。 「動いてる的に直接当てるなんて今までやったこと無いのよ!無理に決まってるわ!」 ヒステリックに叫ぶルイズ。 それに対してデュフォーは呆れたような顔をしてルイズに向けて言った。 「オレが言ったことはお前ができる範囲のことでしかない。不可能だというのなら、それはお前自身に問題がある」 ルイズは歯を食い締めた。自分に問題がある?そんなことは最初からわかっている。 「今更なに言ってるのよ!わたしに問題があるなんて最初からわかってるでしょ!」 その言葉にデュフォーはますます呆れたような表情になった。 「お前、頭が悪いな。オレが言っていることを理解できていない」 ルイズは顔を上げるとデュフォーを睨みつけ、そして叫んだ。 「なにが理解できてないっていうのよ!あんたなんかにわたしのことはわからないわ!」 その叫びを受けてもデュフォーは微動だにしなかった。何の感情も浮かび上がっていない瞳で睨みつけるルイズを見返す。先に目を逸らしたのはルイズだった。 デュフォーはそんなルイズに対して追い討ちのように言葉を投げつける。 「オレはお前の能力を理解した上で、できると言っている。できないと思い込むのはお前の自由だ。だがそれはお前自身ができないと思い込むことで、自分の能力を下げているからだ」 それはまったく温かみを感じさせない冷徹な言葉。 だがその言葉は不思議とルイズの中に染み渡る。 その言葉の重みは今ままでルイズが感じたことのある誰のものとも違った。 失望でも、期待でもない。ありのままの事実。ルイズに対してそれができて当たり前だからやれと要求するだけの言葉。 ルイズの胸の中で何かが溶けて消えた。代わりに熱いものが溢れる。 「もう一度聞く。あいつを倒すための『答え』が欲しいか?」 そして再び、デュフォーがルイズに訊ねた。 デュフォーの問いかけに対し、恐らくそれが最後の確認だとルイズは理解した。 ここで断ればきっとデュフォーはルイズにさせることを諦めるだろう。 だからルイズは答えた。今まで生きてきた中で培っていた勇気を全て振り絞り、ルイズはデュフォーに答える。 「……欲しい。わたしはあいつを倒すための『答え』が欲しい!」 気圧されることも無く、それを受けてデュフォーは一度頷いた。 聞き返しはしない。デュフォーからしてみれば最初からできるとわかっていたことに何故悩んでいたのかと不思議に思うだけだ。 だから後は互いにやるべきことをやるだけでしかない。 短くデュフォーが合図をする。 「今だ。詠唱を始めろ」 軽く頷き、ルイズはゴーレムの肩にいるフーケを見つめると深呼吸をした。 息を吸い、吐く。 呼吸を落ち着かせ、標的を見つめる。 さっきまで荒れ狂っていた心臓が、今は静かに鼓動を奏でているのがわかる。 自分と標的。世界に存在するのはその二つだけ。 集中する。一度限りの大博打。外せば次のチャンスはないと警告はされた。 詠唱を始める。かつてないほど集中しているのが自分でもわかる。外す気なんて欠片もしない。さっきまであれほど不安だったことが嘘みたいに感じる。 悔しいがあの使い魔の言っていることは全て正しいのだろう。 思いやりとかそういうものはまるでないが、それだけに事実が痛いほど突き刺さる。 だけどそのおかげでわかったことがある。 ただ悔しく思うだけじゃ何も変わらない。悔しいからって無謀なことをしても何も意味が無い。 そして劣等感から自分の能力を低く評価したら、ますます駄目になるだけだ。 まず自分にできることをしっかりと見つめる。その上で、できることをやる。 そうでなければ前には進まない。 たぶん今までの自分は無いものねだりをしていただけの子供だったのだろう。 そんな自分に対してできると断言したデュフォー。 信頼とか暖かい気持ちなんて微塵も感じない。ただ事実を告げただけという感じの言葉。 だけどそれだけに―――信じられる。 純粋に自分の能力を評価してくれているとわかるから。 思いやりや盲信からの過大評価も、蔑みからの過小評価もしない、ありのままの自分の能力を見てくれてると信じられるから。 だからわたしはあいつの言うことを信じる。 ありのままのわたしを見てくれる人間として、あいつを信じる。 ―――だからこれは絶対に成功する。失敗なんてするはずがない。 "ファイヤーボール"の詠唱が終わる。 瞬間、フーケの真横で爆発が起きた。 人形のように吹き飛ぶフーケ。 タバサが杖を振り、"レビテーション"をかけて落下するフーケをシルフィードの上に運ぶ。 術者が気を失ったためかゴーレムが崩れ土の塊へと戻る。 ルイズは安堵すると大きく息を吐いた。 やりとげたことを実感すると、途端に全身から力が抜けてその場に崩れ落ちる。 シルフィードから落ちないようデュフォーが襟を掴んだ。 「ぐえっ!」 襟が引っ張られ首が絞まる。 「何すん――」 文句を言おうとルイズは鬼のような形相でデュフォーを睨んだ。 が、いつもと変わらないその顔を見ると怒りは急速に萎んで何だか笑いがこみ上げてきた。 「ふ、ふふふ、あははは!」 キュルケが『凄いじゃない、ルイズ!』と褒めてきたが、それよりもデュフォーのよくやったなと褒めるでもないその態度が今は無性に嬉しかった。 そのまま学院に戻るまでルイズは笑い続けた。 前ページゼロの答え
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前ページ次ページデュープリズムゼロ 第三十四話『戦う理由』 「ねぇ…まだ食べちゃ駄目なの~?早かろうが遅かろうが結局はあたしの胃袋に入るのは変わらないじゃん…」 ミントは目の前に並ぶ豪華な料理を前にうんざりとした様子でルイズに問う。 「我慢なさい…それともあんた、あのお母様のお叱りをまた受けたいの?」 ルイズも又小声でミントにそう注意をするとチラリと母カリーヌを見やった…厳しい視線はバッチリとミントを捕らえている。 その様子に同じく厳しい視線を送るのはミントをまだ唯の異国のメイジとしか認識していないエレオノールで柔らかくニコニコと見つめるのは一つ下の姉カトレア。 ミントがルイズの実家を訪れて既に一夜が明け、ミントは朝食を摂る為に既に豪華な料理が並んだダイニングルームに招かれルイズと並んで席へと着いている。と、扉が開かれ一人の男性が堂々とした態度で現れた。 端正な髭を蓄え、モノクルを付けたまさに上流貴族、公爵としての威厳に満ちた風格。 ミントは一目でその男性がルイズの父ヴァリエール公爵である事を理解した。 「おぉ、久しぶりだねルイズよ。」 「お久しぶりですわ、お父様。」 何故ならルイズの姿をその目にした瞬間、公爵はその威厳が吹き飛ぶ程にデレデレと頬を緩めたからだ。 「さて…」 キリッと音を立て、公爵の鋭い視線が蘇りミントの姿を値踏みする様に見つめる。それを受けてミントも腰掛けていた椅子から立ち上がると公爵へと澄ました笑顔を向けた。 「初めまして、公爵さん。アンからはどういう風に聞いてるかは知らないけどあたしがミントよ。一応ルイズに召喚された使い魔のね。東方のメイジって事になってるわ。」 「あぁ、初めまして、ミス・ミント。君の事は陛下からは既に三度のトリステインの危機を内々に救った『救国の英雄』でありルイズと共に『大切な親友』だと聞いているよ。 一応ルイズの使い魔と言う事からヴァリエール家預かりの国賓として扱って欲しいとは伺っている。君には迷惑を掛ける形にはなるがこれからも陛下とルイズを頼む。」 「えぇそのつもりよ。一応帰る方法の目処が付くまではね。」 公爵はミントの堂々としたその物言いにアンとマザリーニから聞いて以来半信半疑であったミントが王族であるという話に真実味を感じ取っていた。 「待たせてすまなかった、それでは食事にしよう。」 厳かな雰囲気での食事が一段落付いた頃、唐突に口を開いたのはヴァリエール公爵だった。 「ルイズ、学園での生活はどうだ?」 極普通にありふれた質問、しかしそれは子を持つ親としては当然の心配であった。 「はい、相変わらず系統魔法に関しては失敗続きですが貴族としての何たるかはミントと共に学園で精一杯学ばせて貰っております。」 ルイズはナプキンで口元をそっと拭いながら父親の問い掛けに当たり障り無く答える。内心嘘を吐く事の後ろめたさと自分の系統が伝説の虚無である事を声を大にして自慢したかったがそれは出来ないのでグッと堪える。 「なーにが貴族としての何たるかを学んでるよ…ついこないだ覚えたのは皿の洗い方でしょうが…」 そんなルイズの内心を知らずミントは隣に座っているルイズにしか聞こえない程の声で意地悪く呟いてクククと笑う。ルイズは引き攣った微笑みは崩さない… 「ふむ、そうか…陛下はお前を高く評価していたがお前のそう言った所を評価して下さっていたのだな…しかしそんな陛下を唆しおって…全くあの鳥の骨め。」 ヴァリエール公爵が苛立たしげに口にしたのはマザリーニ枢機卿の所謂詐称であった。 「何かありまして?」 「先日、ゲルマニアとの共同でのアルビオンへの侵攻が決行される事が正式に決まったのだ。まだ年若い陛下をあの鳥の骨が唆したに決まっておる!!そもそもアルビオンを屈服させるのにこちらから攻め入る必要など無いのだ。 包囲線を密にしいてしまえば浮遊大陸であるアルビオンは直に音を上げるはずだ。今開戦しては兵力も国財をも悪戯に消耗するだけなのだ。」 ヴァリエール公爵はトリステイン国内でも良識ある貴族であるし国境を守り受ける立場にある、故に戦においては必勝を得る為に慎重な意見を持つ。それは決して悪い事では無い。 それでも… 「お父様は開戦には反対なのですか?」 ルイズの意外な問い掛けに一瞬公爵は目を丸くする。 「当然だ、わざわざ攻め入らんでも戦は幾らでもやりようがある。…………ルイズ、お前はまさか戦場に行きたいなどとは考えておるまいな?」 「…私は姫様に忠誠を誓いました。故に姫様が戦場に赴かれるならば共に行きます。」 公爵の言葉にルイズはそうはっきりと答える。予てより既にアンリエッタと共に闘いに赴く事はルイズは心に誓っているのだから… これがルイズにとっての父親への初めての明確な反抗だった… 「駄目よっ!!戦場なんて男の行く所よ、魔法も使えない貴女が戦場に行って何になるというの?」 「ルイズ…私も貴女の意思を尊重したいけどやっぱり心配よ…」 二人の姉からも同様に厳しくと優しくとそれぞれルイズを心配する声が上がる… そして母カリーヌはじっと厳しい視線でルイズを見つめ続けた。 「…ミス・ミント貴女もルイズが戦場に向かおうとしている事を止めないのですか?使い魔であるならば当然貴女もルイズと共に行く事になると思いますが?」 そして以外にもカリーヌが次に声をかけたのはこれまで我関せずといった様子をとっていたミントであった。 当然突然ミントにお鉢が回ってきた事で全員の視線がミントに集中する。 「ミント…」 ミントならば自分を肯定してくれる…そう思うと同時にルイズの脳裏には不安がよぎる。 「そうね…あたしも今アルビオンに攻め入るのは正直どうかと思うわ。」 「ほう?」 「あたしなら…そうね、ここから三年よ。三年あればゲルマニアとの同盟を利用した軍事改革で一気にトリステインの戦力を5倍…いいえ、10倍には出来るわ。勿論やるからにはアルビオンの連中は徹底的にボコボコよ。」 「「……………………」」 軽い調子で語られるミントの馬鹿げた構想にダイニングルームからは一瞬言葉が消え、ルイズは頭痛を抑える様に目頭を押さえて天を仰ぐ… それでもミントはそこで一度切り替えるかの様に表情を引き締めるとその視線をそのままヴァリエール夫妻へと向けた。 「…とは言っても、それはあくまで真っ当な戦争だったらの話よ。あたし達が本当にやっつけなきゃいけない奴は他にいるわ。それには残念だけどやっぱりアルビオンには今攻め込まないといけないと思うわ。 勿論あたしもルイズも前線で戦う訳じゃ無い、狙うのはこの戦争の裏でコソコソと卑怯な真似をしてる黒幕よ。」 ミントのその物言いに先程まで呆れていた夫妻が些かに興味を抱いたらしく崩れた姿勢を正す様に椅子に座り直し視線で続きを促すと静聴の姿勢をとった。 「あいつ等が水の精霊からちょろまかしたアンドバリの指輪を持ってる限りいつ誰がいきなり操られるか何て分かった物じゃないし、死人だって無理矢理操られて戦わされる事になるわ…あのウェールズみたいな事はもうあっちゃいけないの。 あんなふざけた悪趣味な真似をしてくる様な奴らを野放しに出来る?あたしには無理よ。だからアンも戦うって決めたんだろうし、ルイズだってそうでしょ? ルイズやアンが行くからじゃない、まして他の誰かの為なんかじゃ無い、結局あたし達はあいつ等のやり方が気に入らないから自分の意思で戦うのよ。」 「むぅ……アンドバリの指輪とな…」 公爵の表情が一気に曇る。先日のウェールズによるアンリエッタ誘拐未遂事件の顛末は聞いていたが成る程確かにミントの話を信じるとしてアレの存在を失念してはどの様な策も内から崩されるだろう。 「お父様…」 ルイズの思いを勇ましく代弁してくれたミントと同じように、ルイズは決意の籠もった視線を父に向ける。 しかし公爵はしばし唸る様に思案を続けた後に頭を大きく横に振ったのだった。 「ならんっ!!ルイズよ確かにアンドバリの指輪は驚異だ。ならばこそそれを鑑みた戦を我々が考え、トリステインを守るのが務め。 思う所もあるであろう…しかし!!わざわざお前達が進んで危険に飛び込む必要は何処にも無い。 ルイズ、お前はあのワルドの件で少しばかり荒れているのだ…戦が終わるまで屋敷に残れ、そして良い機会だ。婿を取れ、そうなれば自然と落ち着きもするだろう。」 「お父様っ!?」 「この話は以上だ!!わしはお前が戦に向かうのを何があろうと許す気は無い!!」 にべも無く強い口調で言い切って公爵は足早にダイニングから退室していく。ルイズは横暴とも言える父の態度に尚も抗議の声を上げたが二人の姉からそれぞれ嗜める声を受けて結局顔を伏せてしまった。 (…全く…) ミントもヴァリエール公爵の去って行く背を冷ややかに見送る。ルイズもそうだがその父親も不器用極まりないものだ…娘が心配なのは解るがあれを自分の親父がやったらと思うと段々と腹が立ってくる。 結局朝食はそのままお開きになり、ルイズは沈み込んだ気持ちのまま屋敷の自室で無為に一日の時間を過ごし、ミントは殆どその日一日カトレアにせがまれて身体の弱い彼女の話し相手になってやっていた。 自分の見聞きした話、学園でのルイズの話を面白おかしく語り、カトレアからは幼かった頃のルイズの話を聞く。 ついでにお世辞にも良好とは言えない自分のクソ生意気な妹マヤの事を語った際にはカトレアは「それはあなたに良く似てとても素敵な妹さんね。」等と随分的外れな事を言っていた。 ベッドの上から儚げな微笑むカトレアは髪の色と言い、纏っている天然でふんわりとした雰囲気と言い何となくだがエレナに良く似ているなとミントは感じた。 (親父やマヤ…ルウにクラウスさん達元気にしてるかな?………………ベル達やロッドは間違いなく元気ね…) ___ ヴァリエール邸 深夜 「起きなさい…起きなさいルイズ。…ったく、いい加減起きろ、このッ!!」 「ゲフッ!!」 双月が天上に輝く深夜、突然に自室で寝ていた所をミントに無理矢理に叩き起こされたルイズがベッドから蹴落とされた状態からノロノロと立ち上がり、寝ぼけ眼でミントを睨む。 「何なのよミント…こんな時間に人を叩き起こして…」 そう不平を言うルイズだったがそれも当然だろう。しかし、ミントは腰に手を当てたまま呆れた様にルイズを見下ろしたままだった。 「今からここを出て魔法学園に帰るわよ。シエスタにはもう昼間の内にあたしがこっそり用意した馬の所で待たせてるから、あんたも早く出発準備済ませてよね。」 「はい?」 何が何だか解らないと言いたいルイズを尻目にミントがルイズの荷物をさっさと鞄へと詰め始める… 「このままじゃあたし達マジでここに軟禁されるわよ。要するに家出よ。それとも何?あんたここに残って誰とも知らない男と結婚する?何もしないまま。」 「そんなの嫌よ!!」 ここでようやく起き抜けのルイズの思考の靄も晴れてくる…意地悪く言いながらミントはいつの間にか自分の出発準備を整えてくれていた。 ミントに放り投げる様に渡された自分の制服と杖が「ボスッ」と音を立ててルイズの手の内に収まる… 「そう、だったらさっさと行くわよ。」 言ってミントはルイズの返答に対して満足そうに笑った… ____ ヴァリエール邸 大正門 ルイズとミントはこっそりと屋敷を脱して何とか三頭の馬を連れたシエスタと合流を果たした。 道中何名もの遭遇するであろうヴァリエール家の衛士達についてはどうするのかというルイズシエスタ両名の疑問にミントは「眠っててもらうわ。」 と答えていたが結局正門前までそれらしき人物には遭遇する事も無く辿り着いてしまった。 「これは幾ら何でもおかしいわ…ここにはいつだって見張りの人間が居るはずよ。それなのに誰もいないだなんて…」 「でもお陰で誰も傷付けずに済んで良かったじゃないですか~。」 首を捻るルイズに対してシエスタは心底安心した様な表情を浮かべる…幾らミントとルイズの為とはいえヴァリエール家の人間に危害を加えるなど考えただけでも恐ろしい話だからだ。 「……残念ながら、そうでも無いみたいよ…」 「えっ?」 と、ミントは風に流された雲の隙間から覗く月明かりに照らされた暗がりの正門の向こうに立ちふさがる一人の人影を発見して手綱をグイと引くと馬の足を止めさせた。それにならってシエスタとルイズも己の馬の足を止める。 「恐らくはこの様な事だろうと思いました…見張りの者達は今晩は引き上げさせています……彼等ではいざという時に邪魔にしかなりませんからね。」 その静かな物言い、聞き慣れた声ににルイズの心臓はまるで鷲掴みにでもされているかの様な錯覚を覚え、顔中から脂汗が吹き出しそうになる… 「か…母様…」 そして、思わずミントの背中にも冷や汗が伝う…それほどの威圧感が目の前に立ちはだかる人物からは放たれていた。 「己の意思を貫くは尊き事…ですがそれには伴った力が必要なのです。貴女達が行く道は厳しき茨の道、それを思えばこの『烈風』という障害程度…見事乗り越えてみせなさい。」 『烈風』といえば生きた伝説のメイジ、一度その名が戦場に響けば敵は恐れおののき竦み上がり、味方は高揚するどころか巻き添えを恐れてその場から撤退を始めるという… その正体はルイズの母親カリーヌ・デジレであり、引退したとはいえ未だハルケギニア全土でも並ぶ者のいない無双の勇士。それを己を程度と評し今ミント達の前に立っている… 烈風が杖を振るい、風が夜を裂く様に踊る… ミントはいつの間にかすっかり乾いていた自分の唇をペロリと舐めるとデュアルハーロウを構えて馬から飛び降り、背に背負ったデルフリンガーの鯉口を切る… 「起きなさいデルフ、あんたの出番よ。」 「…起きてるよ、相棒。あんだけやばい相手を前にして寝てられるかよ。」 そうして遂に鉄仮面で口元を隠しているルイズの母親と対峙するのだった… 「…上等よ…………出し抜いてやろうじゃない…」 前ページ次ページデュープリズムゼロ
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前ページゼロのデジタルパートナー ルイズとメガドラモンのメガは、彼女の部屋に居た。 メガが、使い魔と言うのがどう言う物か分からないから教えて欲しい。と言ってきたので、ルイズは丁寧に教える事にした。 しかしそれは少々難航した。何故なら、そもそもメガは「魔法使い」すらも知らなかったのだ。 「大体は分かった。要するに、ルイズ様の身の回りの世話と護衛をすれば良いのか」 飲み込みが早いメガが、使い魔の仕事を要約する。 ルイズが自分の事は様を付けて呼ぶように、と言ったので素直に実行しているが、口調が変わっていないので少々違和感がある。 ちなみに、感覚の共有は出来なかった。秘薬の探索も無理だろうな、と考えて話題には出さなかった。 「そう言う事よ。メガは洗濯とか出来……ないわね」 メガの金属の腕を見て、ふう、とルイズは溜息を吐いた。 何でそんなものを着けているのか、と言う質問に対し、メガは「元々こうだ」と答えた。 最初は信じなかったルイズであったが、嘘を言っている風にも見えなかったので、そう言うものなのだ。と無理矢理納得する事にしたのだ。 しかし洗濯に関するメガの返答は、少々ルイズを驚かせるものだった。 「出来るぞ」 「え?」 「やった事もある」 前のパートナーに付き合わされた。とは言わなかった。言う必要をメガは感じなかったからだ。 「ほ、ほんと?」 「ああ。それなりに自信もある」 ルイズが顔が綻ぶ。これも、未だかつて級友達が見た事の無いだろう表情だ。 言う事を素直に聞いて、頭も良くて、強くて(多分)、洗濯も出来る。正しく夢の様な使い魔ではないか。 ……感覚の共有は出来ないが。 しかしそんな事は些細な事だ。ルイズは更なる期待に胸膨らませながら、一応聞いてみた。 「掃除は?」 ルイズの質問に、メガは一度室内を見回してから答えた。 「これ位なら大丈夫だろう」 「わーい」 メガの質問に、即行抱き着くルイズである。 筋肉隆々だが自分が抱き着けば柔らかく迎えてくれる。我ながら素晴らし過ぎる使い魔を召喚したものだ、とルイズはまたしても笑いを堪え切れずに居た。 「ところでルイズ様。そろそろ眠りたいのだが」 メガのお願いに、ルイズがそうね、と頷く。 「じゃあ一緒に……は、無理ね」 「床で良い」 「そ、そお? じゃあそうして貰おうかしら……」 些か心苦しいルイズであったが、メガが本当に眠たそうな眼をしていたので、提案を受け入れた。 調子に乗ってメガの頭におやすみのキスまでする。 メガも特に咎めるでも抗うでも無く、それが「寝て良い」と言う合図なのだと受け取り、尻尾で身体を包んで眠りに落ちた。 ルイズもそれを見届けて、服を脱いでから布団に潜った。 そしてこれからの自分の生活に胸躍らせながら、夢の中に落ちていった。 朝、メガの眼が覚める。 起き上がると、ルイズはすーすーと寝息を立てて眠っていた。 ルイズが寝ている傍には、服が脱ぎ捨てられている。 これを洗えば良いのだろう。とメガは思い、三つの爪しかない腕で器用に集める。 ……ここで問題が生じた。何処で洗えば良いのだろう? パートナーの洗濯を手伝っていた時は、冒険の所々、水場で洗っていた。 どうしたものかとメガが悩み始めた頃、窓の外を一人の少女が洗濯物を持って歩いているのを見つける。 彼女に聞こう。そう思い、素早くメガは窓を飛び出した。 「よいしょ、よいしょ」 小さな身体で大量の洗濯物を運んでいるメイド、シエスタの前に突然竜が降りて来た。 それだけならまだ良い。この学院ではよくある事だ。 だが次の瞬間、シエスタが驚愕の声を上げる。 「洗濯が出来る場所を教えてくれ」 「しゃ、喋った!」 シエスタのその反応に、メガはちょっとムッと来た。 昨日も思ったが、俺が喋る事がそんなに変なのか? メガがそんな事を考えている内に、シエスタはある噂を思い出した。 「も、もしかして……ミス・ヴァリエールの使い魔さんですか?」 「ミスバリエル?」 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール様です」 そう言われ、ああ、とメガが頷く。 「そうだ」 「や、やっぱり!」 あのゼロのルイズが、珍しい韻竜の子供を召喚した。 その噂はメイド達の耳にも届いていたのだ。 「洗濯が出来る場所を教えてくれ」 「あ、はい。こちらです」 先ほどと同じ言葉を繰り返したメガに、シエスタは答え、洗濯場への道案内をした。 「へ~、器用なんですね~」 シエスタが感嘆の言葉を漏らした。 メガは大きな樽に水を入れて貰い、その上で両手で服を破らないように掴み、尻尾でぱちゃぱちゃと服を洗っている。 その姿は外見と雰囲気に似合わず、何処か可愛らしくもあった。自然とシエスタが微笑みを浮かべる。 一着を洗い終えた所で、メガの腕が止まった。 「……どうしました?」 「面倒だ。……どうせだからそれも貸せ」 ルイズの服を樽の中に入れ、尻尾で巻き取ったシエスタの分の洗濯物も一緒に入れる。 更に自分の尻尾を樽の中に入れ、振り回す。 するとどうだろう。樽の中で渦が発生し、洗濯物の汚れが見る見る内に取れていく。 時々逆回転する事により、見事に揉み洗いの効果を生み出していた。 「す、凄いですわ!」 シエスタがまたも感嘆する。 そんな様子を見て、メガは思う。最初は偶々無いだけなのかと思っていたが、違ったようだ。 (……現実世界には、洗濯機って無いんだな) 正しいのだが、やはり間違っているメガであった。 その後、メガはシエスタと協力して脱水を行った。 シエスタに感謝されつつ、メガは自分の洗濯物を抱えてルイズの部屋に戻って来た。 見ると、ご主人様はまだすーすーと寝息を立てている。 既に辺りからは人間達の声なども聞こえる。 身の回りの世話。と言う事は起こすのも入るんだろうな、と思い、メガはルイズの綺麗な寝顔を軽く尻尾でペチペチと叩いた。 「んん~……」 「ルイズ様。朝だ。起きろ」 起きない。メガは困った。これ以上は手荒くなる。 仕方無いので起きるまで尻尾で叩くする事にした。 「う~……あ、スパゲッティ」 「何を……、ッ! UGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」 メガが叫びを上げる。咆哮と言っても良い。 どんな夢を見たのか、ルイズが自分の顔を叩くメガの尻尾に思い切り噛み付いたのだ。 学院中に叫び声が響き、流石にルイズも目を覚ます。 尚その後、隣室の生徒達に「ゼロのルイズが使い魔を怒らせた」と噂を流された事は、言うまでもない。 流石に服を着せてもらうのは出来ないと踏み、ルイズは自分で着替えた。 その間、何度も何度も噛んだ事に対し謝っていたが、メガは「大丈夫だ」と答えるばかりで、余計ルイズを不安にさせた。 だが部屋を出ようとした時にメガが何も言わずにルイズを背に乗せてくれたので、もう一度ルイズはごめんなさいを言って、メガの首を抱き締めた。ちゃんと弱くだ。 二人が部屋を出ると、部屋の前でルイズより背の高い褐色の肌で燃えるような赤い髪の女が立っていた。 一番目と二番目のブラウスのボタンを外して凶悪な胸元を覗かせ、それによって元より溢れている色気が殺人的な威力を見せている。正常な女性とデジモンには関係の無い所だが。 「おはようルイズ。朝っぱらから迷惑な子ね」 「ほっといてよね」 キュルケのからかいに、メガの背でルイズが頬を膨らませる。 「ふぅ~ん、で、その子が貴女の使い魔、ねぇ……」 目を細めて、キュルケがメガを見つめる。 メガはと言えば、キュルケでは無く、その隣の生物に興味があるようだ。 「そうよ。あんたのサラマンダーなんかとは比べ物にならないんだから!」 へん。とルイズが無い胸……ではなく、未だ育つ可能性があるかもしれない胸を張って、鼻を伸ばす。 その言葉に、珍しくキュルケが、確かにね。と頷いた。 「私のフレイムに文句があるワケじゃないけど、そんな立派なのを召喚するなんてねぇ……貴女が」 「きゅるるるる」 先ほどからメガが見つめていたキュルケの使い魔、フレイムがのそのそとメガの前に歩いてくる。 メガも頭を下げて、フレイムの頭を軽く小突く。ちなみに高度も一緒に下がっているので、ルイズが落っこちるなんて事は無い。 きゅるる。グゥゥゥ。きゅるるるる。ウァガ。 二匹の謎のやり取りに、ルイズもキュルケも興味深そうに見入っていた。 暫らくすると、メガが身体を起こし、フレイムがキュルケの傍に戻った。 『なんて?』 二人の問いが重なる。 「貴方の事、つまり俺を兄貴と呼ばせてくれ。それと自分の主人とも是非仲良くしてくれ。……だそうだ」 メガが軽い説明をする。 まあ、とキュルケがフレイムの頭を撫でる。ルイズは前半については勝ち誇ったように、後半については渋るようにと、実に難しい表情をしていた。 そんなこんなで、主人の争いは使い魔同士の微笑ましいやり取りによって、いつの間にか消沈していた。 食堂でもメガは実に大人しかった。 最初ルイズは、子供で小さいとは言え、韻竜を食堂に入れて良いものか。と悩んだが、見せびらかしたいと言う珍しいものを手に入れた時の、誰にでもある感情が打ち勝ち、連れて行く事にしたのだ。 床で食べさせようかとも思ったが、なんとなく餌付けをしたい気持ちがまたもや打ち勝ってしまう。ルイズはメガを自分の隣に控えさせ、適当なものを与えながら自分も食事をした。 隣の生徒がビクビクしながら食事をしていたのは言うまでも無い事である。 食事も無事に終わり、ルイズはメガの背に乗って悠々と学院内を移動する。擦れ違う生徒達の視線が非常に心地良いルイズであった。 もう誰も自分を『ゼロ』とは呼ばない。そう思っていたルイズだったが、その考えが大きな間違いだったと気付くのに、そう時間はかからなかった。 例によって例の如く、ミス・シュヴルーズの授業でルイズが盛大な失敗をやらかしたのだ。 勿論彼女は『ゼロ』と揶揄され、使い魔を召喚しただけでは『ゼロ』の汚名は消えない。自分が使い魔に見合う能力を手に入れなければならないのだと、否応無しに気付かされた。 そんな授業の後、片付けをしているルイズとメガ。 ルイズはちらちらとメガを窺いながら、掃除をしている。メガは自分に落胆していないだろうか。失望していないだろうか。そんな考えは浮かんでは消え、浮かんでは消えた。 だがメガは、無表情で自分に与えられた仕事をこなしている。と言っても、メガの表情は極端でなければ上手く読み取れないので、無表情かどうかは分からないが。 暫らくして遂に痺れを切らしたルイズが口を開いた。 「ねえ、メガ。どう思う?」 「……何をだ?」 掃除の手を止め、メガがルイズに顔を向ける。 「その……私を、よ。『ゼロの』ルイズを」 「……ああ」 少し考える素振りを見せてから、メガが口を開いた。 「悪く無い」 「ば、馬鹿にしてるの!?」 「いや。そうじゃないさ、決して。……じゃあルイズ様、なんでお前はあれが悪い事なんだと思う?」 「え?」 今まで言われた事も無い言葉。ルイズは少し戸惑った。 メガは魔法の事を知らなかった。それに今も詳しくは知らないだろう。だからこんな事を言ってるのだ。そんな風に考え、ルイズが言葉を探していると、 「他の人間が魔法を失敗すると、ああなるのか?」 「――あ」 「お前だけなんだろ? だからルイズ様は『ゼロのルイズ』と呼ばれている。だが、それは悪い事か? 俺が思うに、あれはお前がまだ未熟だからだ。そしてお前は、他の誰とも違うチカラを持っている。ルイズ様……お前、今まであの技の練習をしてきたか? してないだろ。だからそんな風に思ってるんだよ」 ぽつぽつと、少しだけ面倒臭そうに、メガは語る。 普段のルイズならとっくに激昂して反論している所だが、不思議と聞き入っていた。 「だから安心しろ。お前はきっと、誰にも負けないマホー使いになれる」 メガの言葉には根拠は無い。だが、確かにそうだ。有り得るかもしれない。と言う『希望』は、その言葉の中に確かにあった。 そうだ。とルイズは頷く。自分がああやって爆発を起こすようになってから、自分は鍛錬を怠っていなかっただろうか? あの術を、極めようとしただろうか? 確かに今思えばあの術は失敗なのかもしれない。だが、あんな突然の爆発は、誰も起こせない。自分しか出来ない。 なら、例えそれが失敗の結果なのだとしても……極めてみる価値はある。ルイズはそう思った。 「ありがと、メガ」 ルイズの感謝の言葉に、メガは少しだけ微笑んだように見えた。 「ところでルイズ様。このガラクタ共だが、マホーで片付けようとしたら失敗しました。と言って、ぶち壊すのは駄目か?」 「あんた天才ね」 メガの頭を撫で、ルイズが杖を取り出そうとするが、メガがそれを止める。 「俺がやる。爆発が悪い事ばかりじゃないって、教えてやるよ」 そう言うと、ルイズを自分の背に乗せ、メガ教室を出る。 確り俺の背中に隠れてろ。メガがそう言うと、廊下から教室に向けて両腕を翳した。 「ジェノサイドォォォッ! アタァァァァァァァァックッ!!」 メガの叫び。その次の瞬間、ルイズの失敗魔法とは非にならない爆音が響いた。 ルイズは後に知る事になるが、これこそがメガことメガドラモンの必殺技「ジェノサイドアタック」である。 メガの両腕から射出された生態ミサイルは、「YEEEEEAAAAAAAAAA!!」と奇声を上げながら教室の中心の床に激突し、爆発したのだ。 そうとも知らずにルイズは、メガが何らかの強力な先住魔法を使ったのだろうと、更なる期待に胸躍らせた。 尚、その後教室の机や椅子を破壊する所か、床をぶち抜き、壁を粉砕して大きな風穴を作るまでやってしまったルイズ――正確にはメガだが――が、かなりの叱咤を浴びた事は、やはり言うまでも無い事である。 更なる余談だが、その存在が幻とされる韻竜を召喚したルイズに気を良くしたヴァリエール家が、勿論その損害費を全て負担した。 前ページゼロのデジタルパートナー
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前ページ次ページ凄絶な使い魔 第七話 「凄絶なルイズ」 自分の部屋のドアをたたき壊す勢いで開け放つと、ルイズの目に飛び込んできたのは、 先日使い魔となった元親、そしてキュルケの姿だった。 元親は使用人から借り受けたシャツとズボンを身につけているが、シャツのボタンが止められていない。 その開いたシャツのボタンをキュルケが留めてあげている時にルイズが現れたのだ。 「あらルイズおかえり」 「ななな何がおかえりよ、キュルケあんた、一体なにやってるのよ!!」 烈火の如く怒鳴り散らすルイズに、キュルケはやれやれと言った風に肩をすくめる。 「別にぃ、彼がボタンの止め方を知らなかったから、教えてあげただけよ、ねぇ」 「ああ……、こちらの服の着方を俺は知らん」 「そんな事、私が教えてあげるわよ!、そんな事よりなんで私の部屋にツェルプストーがいるのよ!」 私の使い魔がツェルプストーの女といちゃついてる、しかも私の部屋で!! その事について当の使い魔は、これほど主人が腹を立てているにもかかわらず、主の側に立たないで 仇敵を弁護するような発言までして!! 「チョーソカベ、あんたの主人は誰?」 「ルイズ……、お前だ」 「そう、ならばその女をさっさと、私の部屋から追い出しなさい、今スグにね」 メラメラと怒りに燃える目をキュルケに向けながら、ルイズは元親にそう命じる。 「はいはい、出ていくわよ、……それじゃ~またね元親!」 「どうやら、もう来ない方がよさそうだがな」 腕組しながらそういってキュルケを部屋の外に出すと、ドアを閉める。 「チョーソカベ、ちょっとこっちに座りなさい!」 キュルケが消えた後はルイズの怒りは元親へと向けられるようだ。 目を三角にしたルイズを見て、思わずため息が漏れる。 「よほど……、仲が悪いらしい」 それから、ルイズの説教が始まった。 ヴァリエールとツェルプストーの確執から始まった話は、キュルケの学院での素行や男癖の悪さ、 そして、いままで受けた細かな厭味まで、延々と続きそうな話だった。 結局、朝の講義までの時間がない事を思い出し、残りは授業が終わってからという事で、とりあえず終了した。 「とにかく、絶対ツェルプストーの女とは仲良くしちゃダメなんだから!」 「先祖代々からの恨み辛みか……、キュルケ自身はそれほど気にかけてはいなかったと思ったがな」 そう呟いた元親の声はルイズには聞こえなかったのは幸いだ、ルイズは急いで教室へと向かって走った。 「早く来なさい、チョーソカベ、使い魔は主人と一緒にいなきゃだめなのよ」 「まるで……小姓か側役だな」 今更ながら、子供のようなルイズに従っている自分が不思議な元親であった。 反骨こそが自分の精神の柱と思っていたのだが、この少女の言う事をなぜか聞いてしまう……、 家康を討った後、その喪失感で心が弱くなったのか……、考えても分からない気持ちの変化に元親は 奇妙な感覚を覚えていた。 教室にはいると、ルイズと元親に生徒の視線が一斉に集中した。 特に元親は、楽器を片手に、教室の全メイジの視線が集中する中を悠然と歩いていく、その立ち振る舞いは、 とても平民の様には見えなかった。 ルイズは、前の席に座ると、隣に元親を座らせた。 「おい、ルイズ、なに平民を貴族の席に座らせてるんだよ、床に座らせろよ」 後ろから声が飛んだ。 「うるさい、「風っぴき」、彼の身分は私が保証する準貴族よ、この椅子に座る事に何の問題もないわ」 「準貴族?シュヴァリエの勲章をそいつが持ってるのか?」 「彼は召還される前までは、他国の将軍だった人よ、その彼を床に座らせるなんて、トリスティン貴族の 面子にかかわる問題だわ」 そのルイズの発言で、教室はちょっとした騒然とした様相になった。 元親の態度を横柄だと言う者、それに対し、でも他国の身分のある人物なら当然のじゃないか?という者、 どう考えても役者か楽師だろという者、 別にどちらでも構わないけど、男は顔よね~と大半の女子、 ……気にいらねぇと一部の男子。 そんな中、女性教師が教室へと入ってくると、騒ぎは一応おさまった。 「皆さん、春の使い魔召還は大成功の様ですね、このシュヴルーズはこの時期皆さんが召喚した様々な 使い魔たちを見るのが楽しみなのですよ」 そう言って教室の使い魔たちを見渡す中年の女メイジは、ヴァリエールの横の座る男性に目をとめた。 「そういえば、ミス・ヴァリエールは少し変わった使い魔を召喚したようですね」 「はい、…ですがチョーソカベは」 「ええ、彼の事についてはオールドオスマンからの言付けられています、授業を妨害しないのであれば、そこに座る事を認めます」 シュヴルーズの言葉にまた教室がどよめいたが、静かにさせるために数人の口に粘土を張り付けて、授業は始められた。 やはり、この世界は何でもありだな 魔法の授業を眺めながら元親はそう思った。 これほど簡単に唯の石ころを金属に変える事が出来るなら、七日七晩炉を燃やし続け、砂鉄を放りこみながら 鉄を作り出す元親の知る製鉄は明らかに効率が悪い。 メイジの格によって、作れる金属が決まっているようだが、それでも鉛玉程度なら無数に作り出せるに違いない。 信長が作った3千丁の鉄砲隊、いや、兵すべてに鉄砲を持たせた軍もあるやもしれん。 戦術にしても、空中を飛ぶだけで驚異だ、空からの敵に対して何が出来るだろうか……。 そして、俺の想像もつかぬ兵器もあるはずだ……。 あらためて、この世界は日本とは違いすぎると元親は思いなおした。 そんな思いつめた表情の元親にルイズが小声で話しかけた。 「どうしたの、真剣な顔して……」 「いや、この世界の魔法について思い直していた、もし敵がメイジならば、ルイズを守る事も容易ではないな」 「え、チョーソカベも、強力なマジックアイテムをもってるじゃない」 そういうルイズに元親は首を振った。 「一人、二人なら平気だろう、四、五人なら不意を突けば何とかなる、だが十を超えるメイジをどう相手をするかだな」 「メイジ十人って、そんな状況って有るかしら……」 元親が想定した状況を考えていると、シュヴルーズの声がルイズに飛んできた。 「ミス・ヴァリエール、私語は慎みなさい」 「は、はい」 「そうですね、せっかくですから、貴方に前に出て錬金を実践してもらいましょう」 にこやかにシュヴルーズはルイズを指名した。 「わ、私ですか?」 「そうですよ、さ、前へ」 この後の自分の運命を知らない中年女教師はルイズを手招いた。 「先生、危険ですわ…、やめた方がいいと思いますけど」 ルイズが逡巡していると、後ろから聞き覚えのある声が響いた。 元親は声の方へ視線を向けると、キュルケが真剣な表情で訴えかけていた。 あらん限りの言葉で、女性教師に気持ちを変えさせようと熱心に説いた。 そして、同時にその情熱は、彼女の属性が示すように、ルイズのやる気という導火線に火をつけたのだった。 それは教室が爆風で吹き飛ばされる一分前の出来事だった。 教室には二人、ルイズと元親だけが残っていた。 窓はすべて割れ、教室はルイズの魔法の洗礼を受け、見るも無残な状態だ。 ミス・シュヴルーズは爆心地近くにいた為、衝撃で黒板に叩きつけられ、そのまま気絶。 爆発のショックで暴れ出したその他の使い魔たちの騒動が、終わるころ、その他の生徒から口々に「ゼロのルイズ」 という言葉を投げかけられ、その間、ルイズは悔しそうに下を向いていた。 その後、失神から回復したシュヴルーズは医務室に連れて行かれる前に、この教室の掃除をルイズに命じたのであった。 残骸の中でルイズは気落ちした様にうつむいていた。 元親はルイズのそんな様子をしばし眺めていたが、ポツリと語りかけてきた。 「……お前に怪我はないのか?」 「……別に無いわ」 そうか、と呟くと元親は瓦礫を撤去しはじめた。 細身の体だが、筋肉質な元親は見た目よりもはるかに筋力がある。 大きな机の残骸などを次々に片付け始める。 「チョーソカベ……、私……いつもこうなの、……魔法を使うと必ず爆発しちゃうの」 「そうか……、理由は分からないのか?」 ルイズは力なく首を振る。 「今まで魔法が一度も成功したことがないの、だから私の二つ名はゼロ、ゼロのルイズなの」 「さっき言われたのはそれか」 力なく頷くルイズ。 「貴方を召喚したのが初めて成功した魔法、そして使い魔として契約したのが、その次に成功した魔法、 フフ、……思えば、あの後ファイアーボールを唱えて失敗してたっけ」 ルイズの胸中には希望があった。 元親を得て、これから変わる自分の未来への希望が。 希望があった分、反動も大きい、突き付けられた現実は彼女により深いショックを与えたのだった。 べべべッッッん 教室に蝙蝠髑髏の音色が鳴り響いた。 ルイズが顔をあげて振り返ると、教室の最上段、そこに積み上げた瓦礫の上に元親が立ち、三味線を掻きならしている。 それは聞きなれない音色だが力強く、悲しさ、優しさ、怒り、喜び、全ての感情が元親の三味線によって 表現されているようにルイズには感じられた。 元親が力強く弦を弾く度に、蝙蝠髑髏から炸裂する音の球が無数に吐き出され、教室を漂う。 学長室で脅された時は、恐怖で仕方なかった音の球が、いまのルイズの目には元親が立つ瓦礫の山から舞い降りてくる 光の球のように、とても美しく映った。 「……なんて、綺麗なの」 窓からの光をバックに無我夢中で音を紡ぎだす元親をルイズはとても美しいと思った。 最後に激しい旋律を奏でると、元親の演奏は終わった。 教室の中は元親が作り出した音の球で溢れんばかりだ。 他の誰にも見る事は出来ない、ルイズと元親だけにみえる幻想風景。 淡く溶けるように、音の球が消滅していくのを、手を伸ばしながらルイズは見つめていた。 「ルイズ……」 教室に元親の声が静かに、しかし力強く響く。 「俺には魔法の事はわからん、お前がありとあらゆる努力の末、それでも魔法を成功させる事が出来ないのなら、 それはお前の運命なのだろう」 元親から発せられた言葉は、ルイズの想像したやさしくいたわる様な言葉ではなかった。 「だが抗え、……たとえその身が砕け散り、影すら無くそうとも意志ある限り抗い続けろ」 「抗う……」 「そして凄絶に自らを意志し続けろ、他の誰でもない自らの存在を」 「私の存在……」 「ルイズ、上ってこい」 すり鉢状の教室の最上段に積み上げられた瓦礫の上で元親はルイズに言い放つ。 ルイズは最初半ばおぼつかない足取りで歩きはじめ、そして、だんだんと力強く、元親のもとへと駆け上がる。 「来たわよ、チョーソカベ……」 「ルイズ、振り返ってみろ」 元親に言われて教室の最も高い位置から全てを見渡す。 それは凄惨な教室の風景、ルイズによって一瞬で破壊された教室。 しばらく呆然としていたルイズだったが、彼女は元親が何を見せたかったのか理解した。 フフフ……、元親の横でルイズが笑いだした。 「ねぇ、チョーソカベ、私って……実は凄いんじゃない?あんな錬金でここまで教室全体をぶっとばしちゃうんだから! あなたにこんな真似できる?」 ルイズが肘で元親の脇をつつく。 元親は薄く口元に笑みを浮かべる。 彼の作戦は成功したようだった。 「ゼロの二つ名を不名誉と言ったな……、俺の二つ名は「鳥無き島の蝙蝠」だ、かつて俺の島へと攻めてきた 魔王と呼ばれる男が、俺の事をそう蔑称した」 「どういう意味?」 「土佐には鳥がいないから蝙蝠ごときが空を飛んで増長できるといった意味だ」 「何よそれ」 ルイズは自分の事のように腹を立てた、それを穏やかに見つめながら元親はやさしくルイズの肩に手を置いた。 「だがその魔王も土佐の蝙蝠がどれ程凶暴か、身を持って知ったがな……」 「……じゃあ私をゼロと呼ぶ奴らも震えあがらせないとね!」 「その時はなるたけ外でやれ、……片付けが容易ではないのでな」 ルイズはひとしきり笑った後、瓦礫から降りると、自分から部屋の掃除を始めた。 元親もまとめた残骸を外へと運び出す。 二人が掃除が終わったのは昼休み前になってからだ、ルイズは元親を連れて食堂へと向かった。 元親と一緒に昼食を取りたかったからである。 前ページ次ページ凄絶な使い魔