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前ページ次ページプレデター・ハルケギニア アルビオン王国の王城、ハヴィランド宮殿のエントランスを歩く人影があった。 先頭の人物は長身に青い軍服、金色の短髪、面長な端正な顔に青い瞳。 そしてその立ち居振る舞いや雰囲気は高貴さを感じさせる。 「しかし、驚きました。まさかあの空賊が王子たちが扮するアルビオン軍だったとは」 「はは、情け無い限りさ。ああでもしないともう何も手に入らないんだ、子爵」 ワルドの言葉に先頭の人物は振り返らず答えた。ワルドの横にはどこか不安そうな面持ちのルイズが 寄り添うように歩いている。あの時、ルイズたちの貨物船を襲った空賊たちは何と、この金髪の若者、 つまりは皇太子ウェールズが率いる王軍だったのだ。 あの後、王軍への大使であると主張したルイズ達は空賊たちに拘束された。 そして空賊の頭に呼び出され詳しい事情を話すと頭の変装を脱ぎ捨てウェールズが現れたというわけだ。 「お帰りなさいませ、殿下!」 一行の前方から白髪の逞しい体躯の男が走るようにやってきた。 「パリー!喜べ、硫黄が大量に手に入ったぞ!」 「おお、それは素晴らしい!明日の戦で貴族派のやつらに一泡吹かせられますな!」 パリーと呼ばれた男とウェールズが抱き合って喜ぶ。 「明日の……戦?」 ルイズが呟くように言った。 「ああ、明日、貴族派はこの城に総攻撃を掛けると言ってきている」 「勝ち目は?」 ワルドがウェールズに問う。 「君ならわかるだろう、子爵」 ウェールズが苦笑いを浮かべる。王軍の戦力はわずかに300程、貴族派はその百倍を超える戦力を有している。 勝ち目は――無い。 「なに、最後の最後、派手に散ってやるさ。アルビオン王家の底力をやつらに見せ付けてやる」 ウェールズがどこか、遠くを見るような視線を浮かべながら言う。 ウェールズ達の会話を聞きながら、ルイズは戦慄していた。 ワルドと自分は大使としての用件を終えれば速やかに国に帰る。 しかしウェールズやパリーという重臣、そして残りの300余りの王軍は 明日の戦で間違いなく死ぬのだ。降伏もせずに百倍以上の戦力とぶつかればどうなるかは 戦に疎いルイズでも分かる。 それなのに、何故こんなにも笑っていられるのか。ウェールズの笑顔もパリーの笑顔も 眩しいほど明るい。 ―何故?何故そんなにも明るく笑い合えるの?― ルイズの脳裏はひたすら、何故という感情に埋め尽くされた。 「後武運を」 ワルドが小さく頭を下げて言った。 「ありがとう、子爵……さて、早速だが大使としての用件を聞かせてくれないか。 聞いての通り、もう時間が無いんだ」 ウェールズが笑いながら言う。ワルドが傍らのルイズを促すように見つめた。 「あ……は、はいウェールズ殿下!」 半ば呆けたような状態になっていたルイズがハッとした様子で答えた。 「ここでは何だ。僕の部屋へ行こう」 案内された部屋を見てルイズは驚いた。 ウェールズは先ほど確かに自分の部屋、そう言った。 しかし、目の前に広がる光景は一国の皇太子の部屋とはとても思えぬ物なのだ。 牢獄のごとくむき出しの岩壁、室内に置いてある物と言えば平民が使うような質素な 机、イス、ベッドぐらいのものだ。広さで言えば学院のルイズの部屋の半分も無いだろう。 ある意味、今の王軍の状態を象徴するような部屋だった。 「そんな顔をしないでくれ」 ウェールズが白い歯を見せながら苦笑いをして見せる。 「す、すいません!殿下」 「もうこんな部屋しか僕には残されていないんだ。まぁ、住めば都だよ」 相変わらずウェールズは笑っている。ルイズはそれを直視できずに俯いた。 「これが姫様からの密書です」 ルイズが白い便箋をウェールズに手渡す。 ウェールズは短く謝礼を述べるとその封を開け手紙を読み始めた。 やがて全ての文面を読み終えるとウェールズは机の引き出しから一つの便箋を取り出した。 その便箋に小さくキスをするとそれをルイズへと手渡す。 「彼女が探している物はその手紙だよ。それさえ手元にあればゲルマニア皇帝との婚姻 も何も心配いらない」 「あのウェールズ殿下……」 沈痛な面持ちでルイズが言う。 「なんだい?ミス・ヴァリエール」 「亡命なさいませ!トリステインに亡命なさいませ!きっと姫様からの手紙にもそう!」 叫ぶようなルイズの言葉にウェールズは横に首を振る。 「そんなことは一言も書かれていないよ」 「そんな、嘘です!失礼ながら先ほどのあなたの手紙を読む眼差しとキスで私は全てを理解してしまいました! 私は幼少のころより姫様を存じております!姫様ならきっと……」 不意にウェールズがルイズの肩に手を置いた。 「君は大使に向いていないな」 ウェールズが再び苦笑いを浮かべる。 「明日、僕等は確実に負けるだろう。ただこれは単なるアルビオン王国の内戦じゃない」 ルイズの肩に置かれた手に力がこもる。 「やつら貴族派は単にアルビオンの主権を手に入れたい訳じゃない。 やつらは我等を討ち果たした後は下界の国々の王権も滅ぼす気だ。 新しい世界を造ろうとしているんだよ」 ウェールズの瞳が真っ直ぐにルイズを見つめる。 「やつらに見せ付けてやるのさ。我々古くからの王族たちは安々とやられはしない、と。 アンリエッタもきっと分かってる。だから君も、分かってくれ……」 そう言い終えるとウェールズの手が肩から離れた。 「殿下……」 ルイズはどこか納得できない表情を浮かべていたがそれ以上何も言わなかった。 ウェールズが掴んだ肩が、熱い。 この時、部屋の窓のあたりから獣が喉を鳴らすような音がしたがルイズもウェールズも気づくことは無かった。 その夜、ハヴィランド宮殿の大広間では盛大な大宴会が開かれていた。 テーブルには所狭しと豪華な料理が並び、いたるところで男達がグラスをぶつけ合い意味もなく乾杯を繰り返してる。 王軍の状況を考えれば正しく、最後の晩餐であった。しかし暗い顔をしている者は誰一人としていない。 みな笑っている。眩しいほどに。 そんな状況に遂にルイズは耐え切れなくなり走るように会場を去った。 用意された部屋のベッドに飛び込むとうつ伏せになりシーツを強く掴んだ。 「おかしいわ、あの人達。明日にはみんな死んじゃうのに…… どうして?どうして笑っていられるの?」 うつ伏せになりながら呟いていると、やがて涙が流れてきた。 「ルイズ」 すすり泣いていると不意にドアのほうから声がかかった。 ドアの前に立つ人物は――ワルドだ。 「ワルド……」 涙を拭きながらルイズがワルドを見る。ワルドは静かにベッドへと歩み寄り腰掛けると ルイズの頭を優しく抱き寄せた。 「辛かったね君には。でもねルイズ、僕には何となくわかるよ。彼等の気持ちは」 ワルドの逞しい手がルイズの頭を優しく撫でる。 ルイズはただ、ワルドの胸ですすり泣くだけだった。 「彼等は命を掛けて王族としての誇りを守ろうとしている。 命をかけて何かを守る覚悟があるなら、もう何も怖い物は無いんだ。 それが死であってもね」 「そしてそれは僕も同じさ」 ワルドの言葉にルイズが不思議そうにワルドの顔を見上げる。 「君を守りたい。命を、いや生涯を掛けてね」 ワルドが優しくルイズを見つめる。 「答えを聞かせてもらえないか。僕のかわいいルイズ……」 ワルドの優しい言葉にルイズの目から涙がさらに流れ落ちる。 「ワルド、あなたの求婚を……お受けします」 その言葉とともにワルドとルイズは強く抱き合った。 翌朝、ワルドとルイズは朝日の中、ある場所に向かって歩いていた。 城内に建てられている礼拝堂だ。二人はそこで簡単な結婚式を挙げるのだ。 不意にワルドがルイズの小さな手を握る。ルイズは一瞬ハッとした表情でワルドを見上げたが すぐに顔を真っ赤にして俯いてしまった。そんなルイズをワルドは優しく微笑みながら見つめていた。 礼拝堂へと歩く二人の男女。その手は固く握り合っていた。 礼拝堂の中でウェールズは一人ステンドグラスを見上げていた。 始祖プリミルが描かれた物だ。もっともその姿を描くことは恐れ多いとの事で その姿ははっきりしないシルエットのような物として描かれている。 ――人生の最後に二人の男女が結ばれる場に立ち会う、か―― 薄く笑いながら『悪くは無いか』、と心の中で呟いた。 彼はこれから司祭としてワルドとルイズの結婚を見届けるのだ。 『HAHAHAHAHAHAHAHA!!』 不意にどこからか野太い男の笑い声が響いた。 「誰だ!?」 ウェールズが咄嗟に身構えながら問う。 『We are death s messengers.Prepare yourself.』 今度は高めの男の声だ。王子としての十分な教育を受けてきたウェールズにして聞いたことも無い言語であった。 ウェールズが困惑した表情を浮かべていると突如、ステンドグラスが突き破られガラス片が飛び散った。 ワルドとルイズが礼拝堂の前に差し掛かった瞬間、ドアをブチ破り何かが飛び出してきた。 「きゃッ!?」 ルイズが悲鳴を上げる。そしてその前の地面に横たわるのは 司祭を務めるはずのウェールズその人であった。 「ウェールズ様!?」 「一体どうされました!?」 ワルドとルイズがウェールズに駆け寄る。 ウェールズがヨロヨロと立ち上がった。額からは血が流れ左腕がぶらんと垂れ下がっている。 どうやら完全に折れているようだ。 「貴族派め……悪魔に魂を売ったか!!!」 ウェールズがそう叫ぶと礼拝堂の入り口に青い電流が流れる。 そして現れた姿は―― 召喚せし者とされし者。ルイズと亜人、何日ぶりの再会であっただろうか。 前ページ次ページプレデター・ハルケギニア
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前ページ次ページ使い魔は四代目 教室にルイズに続いてリュオが入った瞬間、悲鳴に近い大きなどよめきが起こった。そして、主人の動揺が伝わったか、或いは本能で危険を察したか、動物や幻獣の入り混じった使い魔達も落ち着きをなくし、怯えたり、唸り声を上げたり、と教室の騒がしさに拍車をかける。 それを無視し、ルイズは悠然と席に着いた。当然のように、リュオもその隣に座る。 「ル、ル、ルイズ!?何でそいつが、ここに…!」 ぽっちゃりした少年が、震える声でやっとそれだけを問いただした。後は、声にならない。それに対して、ルイズは何を分かりきった事を、といった態度で 「はぁ?使い魔だから授業に同行して来たに決まってるじゃない」 と、事も無げに答えただけだった。その答えに、教室に大きな衝撃が走る。一部始終を見届けていたタバサとキュルケは別にして、ルイズがあのドラゴンを使い魔にすることが出来るなどと思う者は皆無だったせいである。 「な、なんであんなの使い魔にしてんだよ…」 「嘘だろ?どう考えたって実力以上だろ…悪魔に魂でも売り渡したか?」 「…ああ、分かった。あいつはルイズなんかじゃない。もっとおぞましい、ノレイズとかいう何かなんだよ…」 などという囁きがあちこちで交わされたが、面と向かってルイズやリュオに事情を問いただす度胸のある者はいなかった。 リュオはそんな様子をしばし愉快そうに眺めていたが、 「ぐははははっ そんなに怯える必要は無いぞ。昨日のアレは冗談じゃと言うに。 まぁ仲良くやろうじゃないか、ん?」 その言葉にも、怯えを含んだ視線が向けられただけだった。大多数の者にとってはリュオが正体を現した時の衝撃がトラウマになっているようだ。 教室を見渡し、それを確認すると、リュオは大して気にした様子も無く続ける。 「なんじゃなんじゃ、反応が薄いのう…まともに話ができそうなのはキュルケとタバサだけかい」 「おほほほ、光栄ですわリュオ様。でもまぁ、無理もありませんわね。ああ無様を晒しては、恥という物を知っていれば、なかなか気軽に近づけるものではありませんわ」 余裕の笑みで、辛辣な事を言うキュルケに、彼女を恨みがましい眼で見る者が幾人か出たが、キュルケは全く動じた様子は無かった。それどころか、席を立つと、挑発するかのようにリュオの後ろの席に悠々と陣取った。 「折角ですし、後ろの席に座ってもよろしいかしら、リュオ様?」 「うむ、無論構わんぞ」 「ちょっと、何こっちに来てるのよ」 「安心なさいルイズ。貴方に用はないわ。リュオ様に名指しされたのですもの。良い機会だと思わない?」 「何の機会よ…まぁ、邪魔をしないなら勝手にすればいいわ」 ルイズは正直面白くなかったが、席が指定されているわけでもないので、それ以上は何も言わなかった。やがて、ふくよかな中年女性が入ってきて、教壇に立った。 「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 その言葉を受け教室を見渡してみれば、フクロウや猫、蛇といった動物がいた。サラマンダーやマンティコアのような幻獣もいた。なるほど、その言葉通りに教室内には様々な使い魔がいた。 そこで、シュヴルーズは言葉を切った。教室を見渡し、視線がリュオで止まる。 彼女はオスマンからルイズがリュオを召喚した事は聞いていた。が、オスマンがコルベール以外の教師に説明したのはルイズが遠方のかなり高位のメイジを召喚したので、事情を説明して協力を要請し、使い魔になってもらっている、という事だけであった。無論、竜族の王など言う言葉は口にしていない。 「なぁに、話してみればなかなか気さくなお方じゃわい。堅苦しいのは好かんと言っておられたし、普通にしておれば問題ないじゃろう。…とはいえ、言うまでもないが無礼の無いように頼むぞ」 などとオスマンは気楽に言ってのけたが、だからといって、はいそうですかと気軽に話しかけられるものではなかった。オスマンから見てさえも相当高位のメイジとあっては尚更である。 「始めまして。私はシュヴルーズと申します。貴方がミスタ・リュオ…ですね?なんでも遠方からいらした高位のメイジだとか。 昨日はかなり高度な変身の魔法を使われたと聞いておりますわ。よろしければ後でご教授願いたいものですが」 なるほど、昨日の事は変身の魔法という事にするのか。どこまで通じるかは分からぬがまぁ悪くない案だ、後でドラゴラムを披露してその設定を補強しておくか、 などと内心思いながらリュオは挨拶を返した。 「リュオじゃ。あー、シュヴルーズよ。持ち上げてくれるのは有り難いが、昨日の竜変化の呪文…ドラゴラムじゃが、それほど高度な呪文というわけではないぞ。 勿論ひよっこには無理じゃがな、まぁ珍しいというわけでもないのじゃ。さて、教授するのは構わんが、わしの使う魔法はお主等の魔法とはちと系統が違うようじゃから、この地でわしの知識がどれほどおぬしらの役に立つかは分からん。そういう意味で余り期待せんで貰いたいな。」 「…はぁ、珍しくも無いんですか?リュオ様の来た地は凄腕のメイジが多いのですわね…」 半ば呆然とシュヴルーズは呟く。そのやり取りを聞いた生徒から様々なざわめきが漏れる。 「変身の呪文じゃ、しょうがないな」 「あの時呪文唱えていたっけ?」 「ってか、あの存在感は変身の呪文じゃ出せないだろ?」 「馬鹿、一流のメイジだからこそあの存在感を作り出せるんじゃないか」 「てか、フェイスチェンジはスクウェアスペルだろ?…じゃぁ、凄腕ってのも納得するしかないよなぁ」 フェイスチェンジという顔を変えるスクウェアクラスの呪文が存在する事もあり、高度な変身の呪文を使った、という話は若干の疑問を抱く者もいたが、それなりに受け入れられたようだった。そして、それを受け入れたものは、スクウェアクラスでも顔を変える程度の変身がやっと、という事から、全身を凄まじい威圧感を持つドラゴンに変化させたリュオの実力を推し量り、嘆息するのだった。 だが、その事は別の疑問を産む事となった。当然といえば当然の感想ではあるのだが、 「…いや、だから何でそんな凄腕のメイジがルイズなんかの使い魔になるのよ?」 と、いう事である。そして、もっとも有りそうな答えを口にしたのが、先程のぽっちゃりした少年だった。 「ルイズ!本当は召喚できなくって、金でメイジを雇ったんじゃないのか!」 「…!違うわ!きちんと召喚したもの!昨日リュオにやり込められたからって言い掛かりはやめてよね」 ルイズは反射的に言い返していた。やっとの思いで成功させたサモン・サーヴァントであり、加えて使い魔にするには色々問題はあるにせよ、リュオの実力は申し分ない。これ以上無いという位だ。ルイズにとっては魔法で初めて他人に誇れるような成功をしたのである。他の事はともかく、それを否定される事はルイズにとって許しがたい事だった。メイジを雇うなら人並みでいいからもっと扱いやすいのを選ぶわよ、と思わなくはなかったが。 「何だと?ああ、認めてやるさ!確かに見事にしてやられたよ。けどな、そんなメイジがなんでゼロのルイズの使い魔になるんだよ! 嘘付きめ。本当はサモン・サーヴァントが出来なかったんだろう」 「ミセス・シュヴルーズ!侮辱されました!風邪っぴきのマリコルヌが私を侮辱しました!」 「誰が風邪っぴきだ!俺は風上のマリコルヌだ!ゼロのルイズは名前もまともに覚えられないのか!」 「あんたのガラガラ声はまるで風邪でもひいてるみたいなのよ!」 譲れない点を付かれたルイズ、怒りの収まらないマリコルヌ。激昂した両者は収まりそうになかった。大部分の生徒は昨日の事もあり、口には出さないがマリコルヌに同調していた。 その険悪な空気を収めるべく、シュヴルーズは、手にした小ぶりの杖を振った。すると、立ち上がっていたルイズとマリコルヌがすとんと席の上に落ちた。それを見計らい、 「ミス・ヴァリエール、ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論はおやめなさい」 と、二人を諌めた。そこに、のんびりとした、だが、底冷えする声が響いた。 「全くじゃ。ルイズ、そこらで良いじゃろ。落ち着くのじゃ。さて、…小僧、わしが、金で動くと申したか」 リュオがマリコルヌを睨み付け、鋭さを増した声で言った。それだけで、全員が教室の温度が一気に下がったような感覚を味わった。その空気に耐えられず余計な事を言ったマリコルヌに (馬鹿、とっとと謝罪しろ) と、さっきまでとは真逆の念を込められた全員の視線が集中する。 当のマリコルヌは、リュオの視線とその空気に当てられて 「う…い、いや…」 とだけ呟くのがやっとであった。 「ふん、満足に文句も言えぬなら最初から口を開くでないわ。…ああ、済まなかったなシュヴルーズとやら。構わずに授業を再開してくれ」 細めていた眼が元に戻ると、それだけで教室内の一気に下がっていた気温が元に戻ったように皆に感じられた。 こいつには逆らわないでおこう。全員の心が一つになった瞬間であった。 「…えー、ミス・ヴァリエールは何とも心強い使い魔を召喚したものですね…ともあれ、お友達をゼロだの風邪っぴきだの呼んではいけません。わかりましたね?」 オールド・オスマン。早速心が折れそうです。内心でそう呟くと、冷や汗をぬぐいつつ、シュヴルーズは授業を開始した。 「さて、私の二つ名は赤土。赤土のシュヴルーズです。土系統の魔法をこれから一年、皆さんに講義します」 そう前置きして、シュヴルーズは、土系統の魔法の基本である錬金の講義を始めた。そして、実際に、魔法で出現させた机の上の数個の小石をピカピカ光る金属に錬金して見せた。 それに尋常ではない反応を見せたのがキュルケである。身を乗り出して 「ゴ、ゴールドですか?ミセス・シュヴルーズ!」 と、尋ねていた。 「ふむ…どこの世界でも女は金やら宝石に眼が無いんじゃなぁ」 「否定はしないけど、キュルケを基準にしないで頂戴ね」 キュルケの勢いに若干引き気味に呟いたリュオに、苦々しくルイズは答えた。 キュルケに対するシュヴルーズの答えは、落ち着いた物だったが、若干誇らしげであった。 「違います、ただの真鍮です。ゴールドを錬金出来るのは知ってる人も多いと思いますが、スクウェアクラスでないといけません。私はただのトライアングルにすぎませんから、残念ですがゴールドは無理ですわね」 アレフガルドでも錬金術の研究は行われている。が、金ではないとはいえ、こうも易々と他の金属に錬金できる術者はそうはいないだろう。どうやら、他の分野ではともかく、錬金術に関してはこの地はアレフガルドより数歩上を行っているようだ。そう判断し、素直にリュオは賞賛と質問を口にした。 「ふむ、見事な物じゃな。色々な金属が錬金出来るのじゃろうが…金の他にも希少な…そうじゃな、ミスリル銀やオリハルコンなども錬金出来るのかね?」 「残念ですが、私は真鍮が精々ですわ。先程ミス・ツェルプストーに答えたようにトライアングルですので。さて、金はともかく、そのような金属を錬金したメイジは知りませんわね。そもそも錬金するにはその対象を良く知らねば無理ですわ。そういった意味でもオリハルコンのような金属を錬金出来るメイジがいるとも思えませんが」 シュヴルーズは、そのような伝説上の金属を錬金する事は出来ない、とは思ったが、リュオのいた所は凄腕のメイジが多いようだし、もしかしたらそのような錬金を成功させる土メイジもいるのかもしれない、と思い直し、無難な返答をした。 「…ふむ、ということは、ロトの剣があればオリハルコンを錬金する事が出来るかもしれんのか」 「ミスタ・リュオ。ロトの剣とは?今の話からするとオリハルコンで出来ているような印象を受けましたが?」 「印象も何も、その通りじゃが?」 事も無げに言い放ったリュオに、シュブルーズの目が見開かれる。生徒達の間からも、小さなどよめきが起きた。 「何と…オリハルコンで出来た剣が実在するのですか?」 「勿論じゃ。もっとも、国宝級の業物じゃから、わしが持ち出せる物でもないのじゃがな」 「…まぁ、それはそうでしょうね。しかし、興味深いお話でしたわ。授業の後で詳しくお話を伺ってもよろしいですか?」 「うむ、構わんぞ…ん?何じゃ?」 鷹揚にシュヴルーズに頷いたリュオは、くいくい、と袖を引かれたのでルイズの方を見た。 興味津々といった風にルイズが小声で話しかけてくる。 「ちょっとリュオ。今出てきたロトの剣って…あの、ロト?」 「ああ、昨日話した、そのロトじゃ。アレフがわしの曽祖父を倒した時に使っていたのがそのロトの剣じゃよ」 その答えを聞いて、ルイズは昨日リュオから聞いた話に思いを馳せていた。伝説の勇者アレフ。あの竜王をたった一人で打ち破ったというリュオの世界の英雄。しかもその剣はオリハルコンで出来ていたという… 本当、どこまでも規格外の勇者よね、とルイズは溜息混じりに思った。まぁ、確かにそんな剣でもなきゃ竜王に立ち向かえるとも思えないけど。これって確実にイーヴァル「とても興味深いお話ですわリュオ様。後で詳しく聞かせていただけませんか?特に、そのロトの剣の話を」…イーヴァルディの勇者以上なんじゃないかしら?ああうっさいわね、これだからツェルプストーの女は… ぼんやりとそんな事を考えていたのが運悪く、シュヴルーズの目に留まった。すぐに厳しい声が掛けられる。 「ミス・ヴァリエール。ミスタ・リュオの話に非常に興味をそそられるのは私も同じですが、今は授業中ですよ。集中してもらわねば困ります」 「す、すみません。ミセス・シュヴルーズ」 恐縮するルイズは、「あらぁ、怒られちゃったわねぇ」と、キュルケの楽しそうに呟く声を聞き、カッとなったが、流石に構っていられる状況ではないので何とか押えた。 「謝罪は行動で示してもらいます。この小石を、貴方の望む金属に錬金して見せなさい」 「えっ」 「「「「「えっ」」」」」 シュヴルーズの言葉に、ルイズとキュルケを始めとした一同の反応がハモった。そのまま気まずい沈黙が訪れる。 ルイズは立ち上がらず、困った様にモジモジするばかりだ。見かねて、シュヴルーズが問いかける。 「どうかしたのですか、ミス・ヴァリエール?」 「ええと…先生、危険です。止めるべきです」 困った顔のキュルケのその言葉にクラス一同が頷く。 「…うっさいわね」 ルイズの反論にもいつもの元気がなかった。 「…危険?何故です?」 「先生は、ルイズを担当するのは初めてでしたよね?」 「ええ。しかし、彼女が努力家だということは聞いています。さあ、ミスヴァリエール。気にせずやるのです。失敗を恐れていては何も出来ませんよ」 「…ルイズ、お願い、やめて」 シュヴルーズはあくまでやらせるつもりだと見たキュルケが、顔面蒼白でルイズに懇願する。しかし、それが悪かった。 「…やります」 キュルケに対する反発心か、ルイズの背中を押す形になってしまったのだ。困ったキュルケは、教壇へと歩き出すルイズを見つつ、最後の望み…リュオに頼った。 「リュオ様、お願い。ルイズを止めてくださる?」 「…まぁ、無理じゃな。ああなったらもう言う事を聞かんのはキュルケも良く分かっとるんじゃないかな? ま、失敗なくして向上無しじゃよ」 「それは、そうですけど…仕方ありませんわね。退避行動を取らせていただきますわ」 そう言うと、キュルケは机の下に潜り込んでしまった。 「まぁ昨日召喚された時も爆発するのは見たが…いつもそんなにひどいのかね?」 「もう慣れましたけどね。かなり、ですわよ」 「…ふむ?早まったかのぉ…」 などとは言いながら、リュオは興味深くルイズを見守る。教壇では、シュヴルーズが 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」 と、ルイズにアドバイスしていた。 いよいよか、とリュオは考える。昨日のルイズの、或いは今のキュルケの言葉通りならば、爆発が起きるはずだ。しかし、呪文に失敗したから爆発する、というのはどういうことなのだろう。発動しなかったり、暴走したりといった事ならまだ理解は出来るのだが。それに、昨日ルイズが見せた爆発。あれはイオ系の爆発とはまた違った感じがしたが… ルイズが手に持った杖を振り上げた。目をつむり、短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。 そして。 爆発が起こった。 前ページ次ページ使い魔は四代目
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前ページ次ページACECOMBAT ZEROの使い魔 ―燃えている。眼下の街が、炎の海と化している。 市街地にはまだ避難の終わってない民間人もいただろうに。 操縦桿とエンジン・スロットルレバーを握る手に自然と力が入る。 彼は無差別爆撃を続行するオーシア空軍所属のB-52を睨み付ける。 だが彼にはどうすることも出来ない。ここで怒りに任せてB-52を撃墜すれば今度はウスティオが眼下の街のようになる可能性があった。 キャノピーの外に目をやると、味方の発射した巡航ミサイル―正直こんな性質の悪い味方は初めてだった―がまっすぐ突っ込んできた。 巡航ミサイルの群れはまだわずかに抵抗を続けるベルカ軍の対空砲には目もくれず、都市部に直撃していく。 くそ、と彼は呪詛の言葉を吐き捨てた。 その時、ロックオン警報がコクピットに鳴り響く。レーダーには何も映らなかったのに、いつの間にかロックオンされていた。 ―今は、集中した方がいいな。 操縦桿を左に倒して、愛機であるF-15Cイーグル―右翼を赤に染めた彼の専用機―をロールさせる。次いで上昇。 ロックオン警報は途絶えた。振り返ってみるとベルカ空軍のF-35が追いかけてきた。 ステルスか。通りでレーダーには映らない訳だ―だが! エンジン・スロットルレバーを叩き込んでアフターバーナーを点火。彼のF-15Cは一気に加速し、F-35を突き放す。 距離が開いたところでラダーを踏み込み、機首を左に向ける。F-35は右後方に位置、距離を詰めようと追いかけてくる。 かかった―エンジン・スロットルレバーを下げて、操縦桿を左に倒す。たちまちF-15CはロールしながらF-35をオーバーシュートさせ、 後方下位に潜り込む。 ―ステルス機でドックファイトを挑んだのが間違いだったな。 AIM-9サイドワインダーの弾頭がF-35のエンジン熱を捉える―ロックオン。操縦桿のミサイル発射スイッチを押す。 白煙を吹きながらサイドワインダーが発射される。F-35はフレアをばら撒きながら回避機動―間に合わず、被弾。 尾翼を食いちぎられたF-35はパイロットを射出し、落ちていった。 しかし彼は敵機を撃墜した喜びを味わう気分になれない。 いったい何のために俺は戦ってきたんだ? いつの間にこの戦争は解放から侵略になったんだ? 何故このホフヌングの街は焼き払われたんだ? 「―くだらない」 かろうじて言葉に出来るのはその一言のみ。 戦う理由なんて誰にも分からなくなっていた。 ただ世界が悲しかった。 だから、俺は―。 目が覚めた。ラリー・フォルクは跳ね起き、ここが戦場ではなくトリステイン魔法学院のルイズ―ラリーを召喚した貴族の少女―の部屋 だと言うことに気づく。 「・・・・」 いやな夢だった。よりにもよってホフヌングの戦いを思い出すとは。 額に浮かぶ汗をぬぐい、ラリーは立ち上がる。 そういえば昨日、この世界に召喚されたのだった。そしてちょうど今ベッドですやすやと寝てるルイズの使い魔となり、この状況である。 窓から見える外は薄暗く、まだ夜は明けていない。 窓を開け、夜空を見上げる。月が2つ、ラリーには奇妙な光景だった。 加えてこの腕のルーン―召喚されてから突然激痛がしたと思えばいつの間にやら刻まれていた。 今頃元の世界はどうなったのだろう。V2は自爆しただろうが、相棒はどうしているのだろう。 夜空に向け、ラリーは自身のTACネームを思い出し、つぶやく。 「こちらピクシー・・・よう相棒、まだ生きてるか?」 今日は朝からルイズの機嫌は悪かった。昨日平民を召喚すると言う前代未聞の事例を立ち上げてしまったのもあるし、それ以上に―。 「あぁらルイズ、おはよう・・・ホントに平民を使い魔にしちゃったのね」 朝食を摂るためラリーも連れて食堂に行く途中、キュルケとばったり出くわした。 "微熱"のふたつ名を持ち火の魔法を得意とする彼女は魔法の成績でも(真の意味での)肉体的にもルイズと対照的である。 「おはようキュルケ・・・何よ、うるさいわね」 「あなたがルイズの使い魔?」 ルイズを無視してキュルケはラリーに声をかけた。 「使い魔・・・まぁそういうことになるな」 「ふぅん・・・」 キュルケはまじまじとラリーを見つめる。 「いい男ね・・・ルイズに飽きたらいつでも部屋にいらっしゃい。うふふ・・・」 そう言って「じゃあお先に」と色気たっぷりに微笑みながら自身の使い魔である巨大トカゲ―サラマンダーを連れて立ち去った。 「・・・・・・くやしー!なんなのよ、あの女!」 しばらくしてルイズがいきなり地団駄踏んで怒り出した。 「どうした、彼女とは仲悪いのか」 怪訝な表情を浮かべ、ラリーは問いかける。 「ええそりゃもう。何よサラマンダーを召喚できたからってえらそーに・・・!」 わなわなと身を震わせてルイズは怒り続けるが、ラリーが他人事のように無表情を浮かべていると、むなしくなってきてやめた。 「・・・もういいわ。さっさと食堂に行きましょう」 食堂に入ってラリーはその豪華さに驚いた。豪華さとは無縁の傭兵生活を長く続けてきたので尚更である。 「トリステイン魔法学院で教えるのは魔法だけじゃないのよ、メイジ全員貴族だから貴族足るべき教育を・・・」 ルイズが何か説明してくれているがラリーにはどうでもいいことなので適当に相槌打って流す。 ところが、ラリーはルイズが席に座ってから気付いた。自分の席が無い。 「なぁ・・・ルイズ、俺の席はどこに?」 「席?ある訳ないでしょう、ホントは使い魔は外よ。私の計らいで床で食事を取るのを許可してもらったのよ」 「・・・・・」 窓の外に目をやれば、なるほど確かに先ほどのキュルケのサラマンダーなどの使い魔たちは外で待機していた。 別に傭兵生活を考えると床で食うのは構わない。過去の戦場でまずいレーションを食い続けたのを思えば。 しかし自身に出された料理を見るとラリーはさすがに首を捻った。スープに黒パンの欠片が申し訳程度。 一方、ルイズたち貴族は朝だと言うのにずいぶん豪勢な食事だった。 「やはり国境は無くすべきだったのかもしれん・・・いや国境と言うかこの場合格差か」 「ラリー、何ぶつぶつ言ってんのよ」 「何でもない」 ズルズルとスープを飲みながら、ラリーは無愛想に答えた。 前ページ次ページACECOMBAT ZEROの使い魔
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前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア 26.ブリミルの詩 どうしてだろうか。ルイズは古ぼけたオルゴールから流れる声をとても懐かしく思った。 神の左手ガンダールブ―― マーティンのルーンだわ。確かに彼らしいわね。 神の右手がヴィンダールブ―― 心優しく動物好き。まるでちぃ姉様みたい。 神の頭脳がミョズニトニルン―― ニルン。マーティンのいた世界の名前。 何か関係があるのかしら? そして最後にかの邪神……。記すことすらはばかれる…… 音は続くが、ノイズが酷くなって何を言っているのか分からない。 邪神?そんなの始祖ブリミルの話に出た事無いわよ? ルイズの頭が混乱する中、それとは別に何か他の言葉が聞こえ始めた。 「ルイズ?」 急に杖を持ち、何かをルイズは呟き始めた。まるで悪い物に取り憑かれたかの様に。 マーティンはルイズを止めようとしたが、近寄ることすら出来なかった。 何らかの障壁で守られている。 三の僕を従えて、我らはこの地で戦った。 オルゴールの詩が終わる。それと同時にルイズは呪文を完成させた。 『リコード!』 ルイズの意識はオルゴールの記憶へ。追憶がある日の光景を映し出す―― ルイズの意識が消えた後、女性のすすり泣く様な声がオルゴールから流れた。 誰も聞く者はいない。ティファニアはあまりこの声が好きではなかった。 ブリミルどこ?ブリミルまたキスして欲しいのに ルイズは気が付くと、どこかの部屋にいた。 何をしたのか自分でもよく思い出せない。確かオルゴールの歌を聴いて。 それからええと。と考えていると、目の前に何か動く物体があった。 「人かしら?」 辺りを良く見回す。以前の様な廃墟では無い。 粗末なテーブルと椅子が二つ。オルゴールは机の上にあった。 奥には、木製のちゃんとした二人サイズのベッドが見える。 動いていたのは可愛らしい赤ちゃんだ。 「だー」 一歳くらいだろうか?はいはいで近寄ってくる。どこかで見た事がある様な気がするが、 まぁいいか。と自分が倒れている事に気付き、起きあがって赤ん坊を見る。 「あぅ?」 不思議そうに赤ん坊はルイズを見る。しかし進軍を止めずそのままルイズの方へ。 「こらートール。どこ行ってるのー?」 奥の方から女性の声がした。ああ、あんな所に扉があったのね。 移動式のそれではなく定住のちゃんとした造りの家である事に、 このときルイズは初めて気が付いた。 開きっぱなしの扉から声の主がやって来る。長い耳を持ち、 お腹が膨らんだ美しい外見のエルフ。ルイズと目が合った。 両者共に驚く。エルフは何故我が家に知らない娘がいるのか。 ルイズは何故このエルフには胸部装甲板がないのか。 先に口を開いたのはルイズだった。 「…胸、ちっちゃい」 阿鼻叫喚の様でのたうち回りたい所を、どうにか子供が宿っていると念押しして耐える。 エルフの女は口を開いた。 「え、ええ。そうね。小さいわね。でも、それが何? おかしいのはサハラの皆よ。ええ。おかしいのはあっちよ。 蛮人であんなに大きいの見たこと無いのだからこれくらいが普通なのよ。 ええ普通ですとも間違いなく小さくなんてないわ。 例え小さくてもこれがいいって言ってくれたもの。 小さい方がいいっていったものだから子供もいるんだもの」 開き直って口走る。ご先祖様もやはりこういう癖があったのだ。 まだそうだとはルイズは気付いていない。 「そうよね。おかしいのはあっちよね!」 「そうよ!おかしいのはあっちよ!」 いつの間にやら意気投合。ガシリと握手を交わす二人。 「うぅー」 そっちのけなので不服そうな、可愛いらしい赤ちゃんだった。 ルイズが目覚めそうにない。えらい事になったと皆が騒ぐ中、 夜の女王だけは冷静だった。 『落ち着け。さっさと宴をしろ』 訂正する。ルイズの命なんてどうでも良かった。 パァンとまたもやフーケのハリセンがノクターナルの頭を叩く。 『やめよ。それは痛い』 「ならもう少し空気を読んでおくれよ。今どうなってるか分かってるだろうに」 『記憶を覗いているのであろう?その秘宝が持つ記憶をな』 やはり理解はしているのだろうか?え、とマーティンはノクターナルを見た。 「記憶、とは?」 『物事を覚えているのは何も生きている物だけではない。 先ほどの呪文は風変わりなれど、我らの力に良く似ている…様な』 そこをぼかすなよ。とツッコミを入れたいところだが、 スネてどこかに行かれると困る。ただマーティンは聞き返した。 「つまり、ルイズは無事であると?」 『左様。その秘宝…エイドラ由来であろう。アカトシュの匂いがするそれの記憶を覗き見ているのだ』 「プリンス・ノクターナル。もしやこの秘宝はこの地の…」 ノクターナルは笑った。 『おそらくそうであろうな。ドラゴンファイアの代わりであろう。 アカトシュもおかしな神だ。形を変え、アヌイ=エルから名を変えて』 どういう事だ?初めて聞く話だが、デイドラ王子が言うからにはある程度の正確性はあるのだろう。 「と、申されますと?」 『問答ばかりは飽きた。我は宴が始まるまで何も喋らぬぞ』 ふふふと笑う。まぁ、実は謀って嘘言いましたとか言いそうだし、 気にしたところで仕方ない。そう思ってソファで横になっている、 ルイズと姫の隣にいる事にした。 「あ、あら?ここは一体どこ――ルイズ?」 「おお、お姫様の目が覚めちまったか」 ぱちくりと上半身を起こし、アンリエッタは辺りを見回す。 「ええ、ええと、ここは?」 「盗賊ギルドだよ。お探しの物は二階でぐっすりさ」 フーケが忌々しそうに言った。アンリエッタは何も言わずに階段を探し、それを見つけて駆け上がって行く。 「いいねぇ!恋する乙女ってなぁさ!」 怒りを吐き捨てて外へ出て行った。テファはうつむき、 悲しそうに小さな声でごめんなさいと謝った。 さて、そんな頃。と言っても時間軸が違うから全く違うのだろうが、 ルイズとエルフの女性、サーシャはお話をしていた。 「ハルケギニア?聞かないわね」 「ミッドガード?イグジスタンセア?」 両者の間にはやはり違う感覚があった。 「始祖ブリミルについて知ってますか?」 「始祖?ブリミルは私の夫だけど」 そんな大したのじゃないわよ。とまんざらでもなさそうに笑う。 サーシャに抱かれる赤ん坊は眠くなっているようだ。 「夫…?」 ええと、魔法は使えないけど杖は…あったわ! とりあえず見せてみる。 「あら、それって杖よね。蛮人ってこれがないと魔法が使えないから不便よねぇ」 通じた!と言うことはここってまさか。 ルイズが6000年前の過去に来ているのだと理解するより早く、 他の部屋から泣き声が聞こえてきた。 「あらいけない。ちょっとこの子よろしく」 ルイズに眠っている赤ちゃんを手渡し、サーシャは他の部屋へと行った。 「えーと」 スヤスヤ眠っている。この位置で腕を固定させ、 とりあえず今の現状を考える。 「あのオルゴールを聞いて、何か気が付いたらここにいたのよね。 魔法が使えたのかしら?」 試しに使ってみたい所だが、下手をすればこの赤ん坊が怪我をする。 いくら何でもそんな道に外れる気は無い。 「過去を見る魔法…?いえ、そんな物聞いた事無いわね。 ありえるとしたら水の系統で頭を…でも…」 「おや、トール。可愛らしいお姉さんに抱いてもらって羨ましいな」 背後の扉辺りから声がした。振り返ってみると、 どこかウェールズ皇太子の面影があるような気がしないでもない男がいた。 しかしその顔は優しげで、彼の様な勇ましさは見受けられない。 「初めましてお嬢さん。僕はブリミル――」 「ブリミル!?その、ええと、ごめんなさい。つい取り乱しちゃって」 何かもうちょっとこう、格好良いのを想像していたのだけれど。 やっぱり神様っていうのはそんな物なのかしらね。 熱狂的信仰者ならともかく、彼女は最近神に対する認識を改めだしたので、 そこまで驚きもしなかった。 「いや、そりゃぁね。こう見えても結構有名人だしね」 よく見たらこの人オモロ顔ね。ああ、だから像には顔が無いんだわ。 自分のご先祖様に向かって酷い言いようである。 「ところで、君はどうしてここに?ここらじゃ見ない顔だけど」 いやそれが。とルイズは話を切り出した。 「いつの間にか、ここにいたんです。魔法を使ったのだと思うのですけど…」 何故だろうか。急に辺りが冷たくなった。悪寒と言うのだろうか? ふと、ブリミルの後を見る。二人の赤ちゃんを持ったサーシャが鬼の目で立っていた。 「ねぇ、あなた」 「へ、いや、僕じゃないよ?」 何の話だろうか。二人の赤ちゃんをベッドに寝かせて、 ブリミルの方へ向き直った。 「魔法の実験で私を使わなくなったのは良いわ。誉めてあげる。でもね」 「違う!誤解だよサーシャ!ほら、トールもガルドもアールブヘイムも泣いてしまうよ!」 修羅場っている。誤解を解かないと。そう思ってルイズはサーシャに言った。 「違うんですサーシャさん。私は気が付いたらここにいたんです」 「そう。気絶させてここに運んで来たのね?」 火に油を注いでしまったらしい。目をランランと輝かせたサーシャは、 ブリミルの方を見た。 「ねぇ蛮人。ちいちゃいのが好きって言ったわね。この子とってもちいちゃいわね」 「何言ってるんだいサーシャ!僕が愛しているのは君だけだ!神にかけて誓うよ!」 「それ、何回目?」 う。とブリミルは言葉に詰まった。どうやら誓っては破っているらしい。 「そう。いいわ。最近育児で少し溜まっていたの」 パリパリ、と彼女の手に雷光が走る。ひぃ、とブリミルはおののいた。 「お腹の子に障るよサーシャ。だから…」 「大丈夫。足は使わないわ。一撃で仕留めるから」 言ったくせに言ったくせに、私が一番好きだって言ったくせに。 ちいちゃいのがいいって。そうね。たしかにそうだわ。 「わたしよりぃいいいいいい!ちいさなぁああああああああ! 子ぉおおおおおおおおにぃいいいいいいいいい!」 雷光が飛ぶ。ブリミルは黒こげになって吹き飛んだ。 あれね。ブリミルは地雷と結婚したんだわ。 赤ん坊を庇ったルイズも吹き飛び、そして彼女は目を覚ました。 「こんなのを見てきた訳だけど。どう思う?」 もう一度オルゴールを聞き直し、「リコード」の呪文をルイズは正しく理解した。 そしてマーティンとティファニアに尋ねてみた。 「つまり、教会の教えが間違っていると言うことか?そこら辺どうなのかなデルフ」 デルフの反応が無い。訝しみ鞘から出す。 「デルフ?」 「知らね。覚えてねぇ」 テファはやっぱり。と言って話を始めた。 「私たちが聞いた時もそうだったんです。ガンダールブが来たら思いだすかもと言ったのですけど」 「思い出せねーな。忘れちまった」 言葉の節々に覚えていそうなトゲがある。敢えて言いたく無いのだろうか? 「オルゴールの最後の声はサーシャのだったわ。あれは一体どういう事かしら?」 「…悲しい事があったんだ」 デルフはそれだけ言って黙った。ルイズはデルフに強い口調で聞き返す。 「ちょっとあんた!覚えてるんでしょ!何で言わないのよ!」 「うるせぇ!忘れちまったもんは忘れたんだ!思い出したくねぇんだ! 何があったか忘れたいんだ。忘れさせてくれよ…」 ルイズはデルフの気迫に何も言えなくなった。マーティンはそっとデルフを鞘に戻す。 「誰でも言いたく無い事はある。その、すまなかったねデルフ」 「わりぃ相棒。でも、言いたかねぇんだ」 「ああ。分かってるよ。昔の事を聞いてどうにかなる訳でもないしね」 さて、時刻はすっかり昼をまわっている。 何人かの盗賊やタルブの村人が宴の準備をする中、 アンリエッタはまだ目を覚ましていないウェールズの手をしっかと握っている。 前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア
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前ページ次ページゼロの花嫁 問題はその止め時と、落とし所だ。 そんな時だ、コルベールが能天気な声でこちらに向かってきたのは。 「おーい、みんな揃ってるみたいだね。少しいいかい?」 ルイズ、燦は返事せず。キュルケもじろりとそちらに視線を向けるだけ。 仕方が無いのでタバサが応対する。 「……何か?」 そんな空気を察しないコルベールは上機嫌のまま言う。 「実はミスサンのルーンについて確認したい事があってね。良ければ午後の授業の間彼女をお借りしたいんだが、構わないだろうか?」 何か嬉しい発見でもあったのか、やたら陽気にそう言うコルベール。 燦はルイズをちらりと見ると、ルイズも頷く。 「構いません。サンも特に問題無いでしょ?」 「うん、わかった。じゃあコルベール先生の手伝いしてくる」 燦もあの不愉快空間と化した教室に戻るよりはコルベールと居る方が良いのだろう。 その提案を快く受け入れた。 放課後、授業が終わると皆ぞろぞろと教室を出ていく。 ルイズとキュルケ、タバサの三人はそのまま教室に残っていた。 生徒の一人がルイズを指差す。 「逃げるなよ」 「誰が!」 ルイズが即座に怒鳴り返すと、その生徒は含み笑いを残して教室を出ていった。 ぽつんと三人だけが教室に残る。 「ルイズ、あんた何か策とかあるの?」 ルイズは魔法が使えない。それで学生とはいえメイジ相手に決闘なぞ無謀にも程がある。 「そんなもの無いわよ、正面から堂々とやってやるわ」 キュルケはじっとルイズの横顔を見つめる。 「……そう、なら骨は拾ってあげるわ」 そのやりとりで納得したのかキュルケは席を立つ。 「タバサ、ヤバイ怪我する奴が出たら医務室に連絡お願い。生憎私は手加減する気無いから」 ルイズも席を立ち、歩き出した。 燦はまだ戻らないが、彼女を待つ気は無いらしい。 二人共が、燦抜きで決着を着ける気で居た。 タバサは無表情のまま、二人と少し距離を空けて後に付いていった。 ヴェストリ広場、そこには既に生徒達が集まっていた。 しかし、その数はルイズのクラスの人数を大きく上回っていた。 野次馬か何かかと思いながらルイズとキュルケの二人はその人垣の向こうへと向かう。 人垣は二人が来ると自然と道を開ける。 その横を通り過ぎる時、彼らの視線が好奇ではなく嘲りであった事に少し不快感を覚えた。 広場の中心部を円形に囲むように人垣は作られている。 ルイズとキュルケはその中心に着くと、クラスの生徒達が密集していた場所を睨みつける。 しかし、意外な事に最初の第一声はそれ以外の場所から聞こえてきた。 「さて、まずはここに来た勇気に敬意を払おう。よく来れたね君達」 そう言いながら人垣から一歩前に出てきた男。 ルイズもキュルケも顔ぐらいは見た事がある、三年生の中でも三本の指に入ると言われているトライアングルメイジの一人だ。 「驚かないで欲しい。彼らから話を聞いてね、何でも平民に肩入れして貴族を侮辱したメイジが居ると。しかもだ!」 芝居がかった身振りで話をする彼を、ルイズもキュルケも好きになれそうになかった。 「それがロクに魔法も使えないメイジとゲルマニアの娼婦の二人だと言う! これは由々しき事態だ!」 彼の言葉に賛同の声をあげる人垣達。 「そんな者達はこの由緒正しき学園には相応しくない! そう思った我々は君達に勧告に来たのだ! 今すぐ学園を去り、あるべき場所へ帰れとね!」 人垣達の声は更に大きくなる。口々に「出ていけ!」「貴族の恥さらし!」「淫売をのさばらせておくな!」「トリステインの恥部!」などと叫びだす。 前に出た男は、両手を振り上げてその声を制する。 「仮にとはいえ、私の後輩であった君達に実力行使は避けたい。ここで君達のクラスメイトに非礼を詫び、潔く学園を去ると誓うのならこのまま君達を帰そうじゃないか」 ルイズは胡散臭さそうな顔をして、目線でキュルケに問いかけると、キュルケは任せろとばかりにルイズの肩を叩く。 前に出た男を無視して、キュルケはクラスメイト達に言った。 「つまり、私に勝てそうにないから上級生に泣き付いたって事でいいかしら?」 キュルケの言葉に激昂して各々が好き放題喚き散らしだすクラスメイト達。 それを鎮めたのは三年生の彼であった。 「誤解の無いよう言っておくが、これは制裁であり、また学園全体の意思でもあるんだよ。だが、我々は野蛮なゲルマニアとは違う。貴族としての礼節はもちろん守るつもりさ」 両手を大きく横に広げる男。 「これだけの人数が君達の所業を許せないと集まったのだが、君達に相対するのは一人づつだ。神聖なる決闘の形式を遵守する事を誓おう」 今までキュルケに任せて黙っていたルイズだが、遂に我慢の限界が来た。 「何が誓うよ! 数揃えなきゃ何も出来ない臆病者の集まりなだけじゃない! 挙句三年生にもなって口から出る言葉が卑怯者の言い訳!? 情けないと思わないの!」 言葉では、それがいかに正しくても覆せない心理的優位というものがある。 三年の彼の心境は正にそれであった。 これだけの数の人間の支持を得ている自分が、誤っているなどと欠片も思わないのだ。 「淑女らしくない口のきき方だねミスヴァリエール。実家でそれは習わなかったのかね? ああ、魔法と一緒で覚えられなかっただけか」 彼の切り替えしに周囲がどっと笑い出す。 キュルケは早々に諦めた。 「ルイズ、口でどうこうって状態じゃないみたいよ」 ルイズは全然言い足りなそうだ。 「言う事為す事、一々腹が立つわ。いつの間に学園はこんなどうしようもない連中の巣窟になったのよ!」 「いやよね~、女の嫉妬って」 キュルケは、集まった面々の女性陣がキュルケにその矛先を向けている事に気が付いていた。 その事実に気付いたルイズは何とも言えない顔になる。 「……まあそれはいいわ。それよりそろそろやるわよ。キュルケは下がってなさい」 「私が先にやってもいいわよ?」 「いいえ、私が先よ。アンタは残り物の相手でもしてなさい」 キュルケは思う所あるのかそれ以上抗弁せず、素直に三年の彼の居る場所とは反対側に下がる。 人垣はそこだけ綺麗に分れ、キュルケの側に立つ者は居なかった。 「こっちは何時でもいいわよ。誰が来るのかしら?」 実はルイズとキュルケが色々話している間にも降伏勧告やら脅迫やらが続いていたのだが、二人は綺麗にそれを無視していたのだ。 この場に集ったほとんどの人間が、これだけの数で囲み八方から責め立てられれば降参するだろうと思っていた。 にもかかわらず、あっさりと決闘を行う事に決め、あまつさえ魔法が使えないと評判のルイズが出てくるという。 これは、もう挑発としては最上級の行為である。 二人共完膚なきまでに叩きのめす。 そう全員が考えたが、ルイズのクラスメイト達は更に次の事を考えていた。 そもそもこの騒ぎを持ちかけたのは自分達である。 その自分達が決闘に出ないというのは恥ずべき事だ。 しかし、決闘をして一対一でキュルケに確実に勝てると言える者はクラスには居なかった。 だから、こうしてルイズが出て来た今は、千載一遇の好機であったのだ。 我先にとルイズの決闘相手を申し出るクラスメイト達。 そんな中、三年の男は、その家柄を鑑みて武門の誉れグラモン家の一員であるギーシュを決闘の相手として指名した。 ギーシュはドットメイジであるが、そのゴーレムを操る力はクラスメイトも高く評価している。 だから、三年の男の指名に異を唱える者は出なかった。 ギーシュは静かに歩み出る。 「この僕を選ぶとは、流石に見る目がありますな。そう、僕でなければ彼女達に貴族の美を魅せてやる事は出来ない」 これだけの人間が見ている前で無様を晒すわけにはいかない。 確実に、そして迅速にルイズを仕留める。 それに優雅華麗にとおまけがつく。 「ルイズ、僕が君に望むことは一つだけだ。このギーシュ・ド・グラモンの相手として相応しいよう、薔薇の様に美しく散ってくれたまえ」 ルイズは精神を集中させ、ギーシュの一挙手一投足に注意する。 三年の男が号令をかける。 「始め!」 コルベールは次の本を本棚から引っ張り出す。 「ミスサン、こちらの本にあるルーンを見てくれないか? 私はこっちの本を確認してみる」 「あ、あのーコルベールせんせー。そろそろ私も用事が……」 燦の言葉を聞いているのか聞いてないのか、コルベールは四冊の本をまとめて抱えている。 「ん? 何かあるのかね?」 まさかケンカの予定がありますとは言えない。 「あー、それはー、そのー」 「急ぎの用事でないのなら、後少しでいいから付き合ってもらえないか? 後20冊で現存し得るルーン全ての確認が終わるんだ」 「に、にじゅっさつ!?」 「ああ、ほんの少しだろう? ルーンがここまで見つからない事といい君の特異な存在といい、きっと素晴らしい発見が出来ると思うのだよ」 コルベールはぽんと手を叩く。 「そうだ、私から学園のメイドを一人、ミスヴァリエールに手配しよう。そうすれば今日の君の作業は彼女に任せられるだろうからね」 掃除洗濯食事の用意、その辺の逃げる言い訳はあっと言う間に封じられた。 「あー、うー、あー」 「じゃあそっちの本を頼むよ」 知らん振りして抜け出して、探しに来られたら間違いなくケンカがバレる。 燦は身動き取れなくなり、何やら意味不明な言葉を漏らしながら、本と格闘する事になる。 ギーシュが薔薇を模した杖を振るうと、そこから三枚の薔薇の花弁が舞う。 それが地面に着くと今度はそこから三体の青銅のゴーレムが現れた。 「さあ! 美しく舞ってくれたまえ!」 そう宣言すると同時に青銅のゴーレムがルイズに襲いかかる。 ルイズはその場を動かずに呪文を唱え始めた。 先頭の一体がルイズに剣を振り下ろす。 ルイズはそれを呪文を唱えながら右にかわす。 『ああっ! 呪文が途切れた!』 すぐに右側のゴーレムが槍を突き出してくる。 それを更に右にかわしてゴーレムに対して大きく回りこみながら再度呪文を唱え始める。 その場に居る全員が、あっさりとゴーレムの攻撃をかわすルイズを意外に思う。 かくいうキュルケもその一人である。 『あの子、全然剣を恐れてないわ。うっわ、今の頬かすったんじゃないの? 普通もう少し恐がるものでしょうに』 確かにルイズは小柄であるから身も軽いだろうし、ゴーレムも狙いずらくはあるだろう。 しかし、ここまでルイズが見事に避け続けるのは異常だ。 言ってる側からまた三体に囲まれるが、突き出された槍を身をよじってかわすと、その脇を駆け抜けて背後へと回り込んでいる。 その隙に呪文を唱えるルイズ。 すぐに別のゴーレムは斧を振りかざしてルイズに迫る。 『今度こそ!』 ルイズの二の腕を斧がかすり、服の裾が引きちぎれる。 しかし、ルイズはかわしながら詠唱を唱えきったのだ。 「ファイヤーボール!」 ギーシュに向かって突き出される杖、しかしギーシュどころかまるで明後日の空中で爆発が起こる。 一瞬の間の後、観客全員大爆笑。 ここまで緊迫した空気の中で大失敗をやらかしてくれたのだ、それを野次るより先に笑いがこみ上げてきてどうしようもなくなったらしい。 しかし、ルイズはそれが聞こえていないかのように走り続け、すぐに次の呪文を詠唱に入る。 槍ゴーレムが横凪に払う槍を大きく後ろに下がってやりすごし、その間に両脇を固めてきたゴーレムの振るう剣を懐深く踏み込んで杖を持つ手とは逆の手で押さえながら後ろに抜ける。 もちろんその間呪文は唱えっぱなしだ。 「エア・ハンマー!」 声高らかにそう叫ぶ。 今度はルイズの直上彼方で爆発が起こった。 観客には笑いすぎて身動きが取れなくなっている者までいる。 そんな中、ルイズは確かな手ごたえを感じていた。 『コツは掴んだわ、避けながら呪文ってのもやれば出来るものね』 その一瞬の緩みを、ゴーレムにつかれた。 全速で踏み込み、槍を突き出すゴーレム。 その間合いとタイミングを読み違えてしまったのだ。 慌ててかわすも腿の表面を削り取られ、大きく体勢を崩してしまう。 その間に距離を取っていた残り二体のゴーレムの接近を許してしまう。 側面から横凪に、真後ろから袈裟懸けに、同時に斬りかかってくるゴーレム。 ルイズは覚悟を決めて、横凪に斬りかかる剣に向かって踏み込む。 袈裟懸けの斧はかわしたが、横凪の剣がルイズの胴体を捉える。 同時に、両足に力を込めて思いっきり奥に向かって飛び込む。 ゴーレムの剣はルイズのわき腹を切り裂きながら、宙に浮いたルイズを軽々と弾き飛ばした。 勝負あったとゴーレムを止めるギーシュ。 ルイズは地面を転がりながらタイミングを計って勢い良く立ち上がる。 そこでゴーレムの動きが止まっていることに気付いた。 「何よ? いきなり止まってどういうつもり?」 「終わりさ。さあ、杖を捨てて降参したまえ。相手が何者であろうと、レディをこれ以上傷つけるのは本意ではない」 ルイズは本気で怪訝そうな顔になる。 「は? 何言ってるのアンタ? こんなかすり傷つけた程度で終わるわけないでしょう。決闘を馬鹿にしてるの?」 全く動じていないルイズに、逆にギーシュが慌てる。 「い、いや結構血が出てると思うんだけど……」 ギーシュの言う通りルイズのわき腹と腿からの出血は続いている。 しかしルイズは歯牙にもかけない。 「当たり前じゃない。私達決闘してるのよ? それとも何? 貴方はおままごとの延長でもしてたつもり?」 ギーシュの判断が誤っているわけではない。 現にその場に居合わせたほとんどの人間があの傷では終わりだろうと思っていたのだから。 しかし、ルイズは何を馬鹿なと言わんばかりに平然としている。 「ようやくコツが掴めてきたんだから、さっさと再開しなさいよ。さあ早く!」 そこでキュルケはようやく気付いた。 ルイズは怪我を負う事を全く恐れていないのだ。 ここ数日の怪我三昧がルイズの痛みや怪我に対する感覚を麻痺させているのかもしれない。 ルイズは決闘に望む上で怪我を全く恐れておらず、その痛みに耐えうる精神も持ち合わせていたのだ。 それゆえ剣も槍もその動きを恐怖に惑わされずに見切る事が出来たのだ。 後は、まあそれでも仕留められないギーシュの腕が悪いのであろう。 キュルケは彼女の持つギーシュへの評価を少し下方修正する事にした。 ギーシュは怪我した場所を庇う事すらせず、悠然と立つルイズに恐怖した。 「だ、だったらこちらも決闘らしく、全力で君を倒すとしよう!」 そう叫んで更に四体のゴーレムを呼び出すギーシュ。 それを見たルイズの顔に緊張が走る。 今までの倍以上の数をあしらいながら呪文を唱えなければならないのだ。 すぐに呪文を唱え始めるルイズ。 最初の三体が襲い掛かってきた。 剣ゴーレムの一撃を大きく身をかがめてやりすごし、その後ろから突きこんできた槍を思いっきり横に飛ぶ事でかわす。 もう一体の斧ゴーレムは二体のゴーレムが邪魔でルイズに斧を振るえない。 この三体と距離を取るべく前に踏み込んだルイズの正面に、新しく増えた剣ゴーレムが立ちはだかった。 ルイズの顔めがけて突きを放つそれを、頭を動かすだけでよけながら、肩でゴーレムに体当たりを仕掛ける。 それで倒れるゴーレムではなかったが、そのゴーレムが邪魔になり残る三体はすぐに切りかかる事は出来なくなった。 そして呪文が唱え終わる。 ルイズはゴーレムの影から飛び出しざまに術を放った 「ファイアーボール!」 そしてそれはやはりあらぬ場所で爆発するのみ。 運の悪い事に、ルイズが飛び出した先は新しく来た斧ゴーレムの真正面であった。 まともに左の肩口に斧を叩き込まれる。 制服が千切れ、鮮血が舞う。 痛みに顔をしかめながら、ルイズはすぐに横へと走りぬけた。 その先に居た槍ゴーレムが長い柄を使って横凪にそれを払うと、ルイズは一瞬避け方に迷う。 結局ルイズに出来たのは、左腕でそれを受け止める事だけ。 体重の軽いルイズは面白いように吹っ飛ばされ、地面に転がる。 ギーシュはそれでも追撃の手を緩めなかった。 一番近くに居た剣ゴーレムがとどめとばかりにルイズに剣を突き立てる。 それは転がるルイズのマントど真ん中を貫いていた。 キュルケが息を呑む。 するとすぐに、胸元の金具を外しマントを取っ払ったルイズがその影から飛び出してきた。 そのまま駆け出しつつ呪文を唱える。 数は七体、この広さではどう走ろうとすぐにどれかにぶつかってしまう。 二体がルイズの行く先に立ちふさがると、ルイズは一瞬後方を確認した後、正面突破を図った。 一体は槍、一体は斧。 槍ゴーレムはさっきので味を占めたのか、横凪に大きく槍を振るう。 ルイズはそれを地面スレスレまでに上半身をかがめてかわす。 すぐに斧ゴーレムがそんなルイズの上から斧を振り下ろすが、ルイズは更に一歩踏み込んで斧ゴーレムと密着する事により、これをかわす。 斧の柄の部分は肩に当たっているのだが、その程度はまるで気にもかけない。 そこで四度目の呪文完成。 「エアハンマー!」 しかし、やはりそれでも魔法は成功せず、城壁の一部を砕いたに留まった。 戦いを見ているキュルケは歯噛みする。 ルイズが魔法さえ使えていれば、それが例えドットであろうととうに勝負はついている。 この決闘の間にルイズは目を見張る速度で戦闘技術を増してきている。 最初の内こそ避ける=距離を取るであったのが、今は踏み込みながら、近接しながらこれを避け、かつ呪文を唱えるなんて軍人紛いの事まで憶え始めているのだ。 にもかかわらず、現状はただルイズが傷を負い、消耗しているだけである。 こんなに悔しい事があろうか? しかしルイズは決して諦めず戦闘を続けている。 だから、それがどんなに痛々しくても、それがどんなに悲しくても、キュルケは最後まで目を離さずに見届けようと決めた。 何時まで経ってもルイズを倒せないギーシュは、心の中では焦りに焦っていた。 それを表に出すまいと、必死にゴーレムを操ってはいたが、ルイズはどんな痛撃を与えてもその動きを止めない。 まるで不死の怪物を相手にしているような錯覚に囚われたギーシュは、既にルイズの身を案じるといった思考を放棄していた。 倒さなくては、その剣で切り裂き、その槍を突き立て、その斧で砕いて。 集団で少数を弾劾するというヒステリーにも似た行為を行っていたせいもあるだろう。 その興奮と熱狂はギーシュから冷静な判断能力を奪い、凶行へと走らせていたのだ。 それは、傍で見ている観客達も同様で、そんなギーシュを止める者は誰も居なかった。 キュルケの居る場所とは少し離れた人垣の中にタバサは居た。 タバサは自分の考えが甘かった事を悔やんだ。 ルイズがここまでになる前に勝負は決まると思っていたのだ。 しかし最早状況はタバサの手に負える状態ではなくなっていた。 教師を呼びに行っても間に合わない。 ルイズは勝てない。しかし負けを認めもしないであろう。 意識を刈り取るような一撃、もしくは完全に身動きが取れなくなるまでは。 いや、それでも、負けを認めない気がする。 タバサは杖を強く握り締める。 『ルイズの動きが少しでも鈍ったら、行く』 それは観客達、そして決闘の当事者達の大きな恨みを買う行為であるが、それでも、この場で唯一冷静な判断が下せる第三者として、やらなければならない事だと思った。 ルイズは走りながら、自らの限界が近い事に気付いた。 まだ動きは鈍っていないが、両腕を上げるのにひどく力が居る。 足は動くのでしばらくは保つだろうが、何より恐いのは時々視界がぼやける事だ。 致命的なタイミングでこれを喰らったら、どんな目に遭うかわかったものではない。 『……私は負ける? このまま? あのギーシュに?』 ギーシュは必死の形相でゴーレムを操っている。 あの苦労を知らなそうな甘ったれた顔、魔法を馬鹿にしてるとしか思えない薔薇の杖、何か勘違いしているあのファッション。 せめて、あの顔に、あのにやけた腑抜け顔に、一発入れてやらないと気が済まない。 ルイズは呪文を唱えるのを止める。 目の前のゴーレムをやりすごし、一直線にギーシュへと駆け寄って行く。 二体のゴーレムが両横から切りかかってくる。 片方はスライディングの要領ですべりながらかわし、もう片方は体勢を崩していたので仕方なく左腕で切りかかってきた剣ごと払う。 物凄い痛い。何か響くような感じがしたが、それでも足は動いてくれた。 走っている時にふと気付く。 どうやら左腕はもう動いてくれそうにない。 正面に二体、後ろからかわしたゴーレムが追いすがってきているから速度は落とせない。 下はダメだ。確実に読まれる。 左右から斧と剣を横凪に、同時に振り下ろしてきた。 高さは腰の位置。覚悟は完了済み。 ルイズは杖を口に咥えると、助走を活かし、思いっきり飛び上がった。 飛び上がるなり両膝を曲げ、少しでも高さを稼ぐ。 そして動く右手でゴーレムの肩を持って、その後ろへと飛びぬけた。 残る距離を数秒で詰め、拳を振り上げるルイズ。 『私の怒り! 思い知りなさいっ!』 そして呆気に取られるギーシュの鼻っ柱に、ルイズは渾身の右拳を叩き込んだ。 観客達も呆気に取られていた。 これはメイジ同士の決闘である。 そこでまさかぶん殴るなんて選択肢が発生するとは、誰も想像だにしなかったのだ。 ギーシュはその一撃で大の字に倒れ、目を回している。 ルイズは晴れ晴れとした表情で咥えていた杖を右腕に持ち、それを上に伸ばして大きく伸びをする。 「あー、すっとした」 とても活き活きとした顔でそう言うと、そこで初めてある事に気付いた。 ゴーレムが動きをとめている。 当然だ、ギーシュは意識を失い、その手から杖はこぼれ落ちているのだから。 「あら? これって……もしかして私の勝ち?」 ルイズは決闘中、ゴーレムの攻撃をかわし、呪文を唱える事にあまりにも集中しすぎていた為、どうやら決闘の勝敗の決め方を失念していたらしい。 キュルケは呆れながら言う。 「あんた、それやる気だったんなら最初っからやっとけば良かったんじゃない?」 ルイズも同じ事を考えていたらしい。 とても不機嫌そうな顔になって答えた。 「うるさいわね! 気付かなかったんだからしょうがないでしょ! いいのよ! こんなのでも勝ちは勝ちよ!」 「ぎゃーぎゃー喚かないの。それよりその腕何とかしなさいよ。見てて気色悪いわよ」 「何よ腕って……きゃーーーーー!!」 左腕は肘の所から二の腕の半ばまで肉ごと捲れあがり、ぷらんぷらんと垂れ下がっていた。 「きゃーーー! きゃーーーー! 何よこれ! 何よこれ! ちょ、ちょっとキュルケこれ何とかしなさいよ!」 キュルケはすぐにルイズに駆け寄って包帯代わりに自分のマントを引きちぎって腕に捲き付ける。 垂れ下がった部位は、剣による物凄い大きな切り傷のようで、マントで固定すると、何とか普通の腕に見えるようになった。 肩を貸しながら広場の端にルイズを引っ張って行くと、ルイズが突然えらく甘ったれた声を出した。 「……あのね、あのねキュルケ。聞いてくれる?」 「何よ?」 その両の目からは大粒の涙がぼろぼろ零れだしている。 「左腕はもとより、それ以外も、全身が物凄い痛くなってきたの。ねえ、泣いていい? 本気で泣きそう。いや、もうこれ限界、泣くわ、全力で。キュルケ、本当ごめん、少し休ませて。次お願いしていい?」 そんな事を言いながらその場に蹲ってしまうルイズ。 「いくらなんでもそんな怪我人に続きやれなんて言わないわよ。さっさと医務室でも行ってらっしゃい」 蹲り、下を向きながら尚ルイズは言う。 「大丈夫! 少し休めば大丈夫だから! いいから次の相手だけは何とかして!」 キュルケはタバサに目で合図すると、タバサは頷きルイズの側で魔法による治療を始めた。 「じゃ、そういうことで次の相手は私がするわ。どなたがお相手してくださるのかしら?」 観客達は、呆然とルイズとキュルケのやりとりを見ていたのだが、そこでようやく状況を飲み込めたのか、口々に文句を言ってくる。 「ふ、ふふふふざけるな! なんだあの決着は!? あんなの認められるわけないだろ!」 「決闘を馬鹿にしてるのか!」 似たような事をそれぞれが口走るが、キュルケは鼻で笑った。 「何よ、今度は難癖? 誓いが聞いて呆れるわまったく」 キュルケの声が聞こえているのかいないのか、観客達は喚き散らすが、それを先ほどの三年の男が制する。 「その過程がいかに醜悪で、恥知らずであったとしても、ミスターグラモンが杖を落としたのは事実だ。貴族の誇りを持つ我々がそれを無視する事はない」 やはり芝居がかったキュルケの癇に障る言い方をする男。 「初戦はミスヴァリエールの勝利を認めようではないか。次戦に立候補する者は居るか?」 キュルケの実力を知らない三年生達はこぞって立候補する。 その中からキュルケと同じ火の、ラインである女を三年の男は指名した。 彼女がキュルケを見る目は、まるで親の敵か何かを見るようである。 キュルケはギーシュの介抱をしているモンモランシーの方を向いて命じる。 「モンモランシー、そこ、その奥の位置に水のメイジを集めておきなさい」 その一言でモンモランシーは理解した。 キュルケは相手が何であろうと、本気全力で魔法を打ち込む気だと。 外野がまた大騒ぎを始めるが、そんなのを気にしている場合ではない。 そうしておかないと、あの不幸な上級生は取り返しのつかない事になる。 モンモランシーだけではない、キュルケの実力を良く理解しているクラスメイト達も一様に青ざめた。 そんな彼らの心情を知ってか知らずか、三年の彼は開始の号令をかけた。 開始一分。 トライアングルスペルで観客全てが度肝を抜かれる程の炎の柱を作り上げるキュルケ。 対戦相手は余りの恐怖に失禁しながら座り込んでしまっている。 そんな彼女に、まるで不要になった廃棄物でも処理するかのように、炎全て余す事なく叩きつける。 一瞬で周囲の芝もろとも火達磨と化した彼女に、モンモランシー達の水魔法が降り注ぐ。 観客達の悲鳴と罵声が飛び交う中、キュルケは興味も無さそうに投げやりに言った。 「次よ」 皆がキュルケの行為を非難している。 曰く、殺す気か? 貴族の子弟に対して何という事を、学園で程度というものを学ばなかったのか、等々。 キュルケは一切相手にせず冷たく言い放った。 「次、早く出てきなさい」 モンモランシーはキュルケの怒る様を見て、冷静さを取り戻していた。 彼女と一緒に居る時間が多かったせいであろう。 キュルケは表面上は大して怒って無いように見えるが、腹の中では信じられない程に激怒、いやキレている事がわかった。 今のキュルケなら何をやらかしてもおかしくない。 ああ、トライアングルメイジが後先考えずにキレるなぞ、考えるだに恐ろしい。 しかも戦闘向けの火のメイジである。それが暴れだしたら誰がそれを止められるというのか。 モンモランシーは周囲を見渡し、一人、キュルケに匹敵する能力を持つ人間を見つけ出す。 火達磨レディを上級生に任せると、その場を駆け出して彼女の元へと向かう。 「タバサ! ちょっとこれマズイわよ!」 タバサはルイズの治療に集中している。 「ねえタバサ! キュルケとんでもない事になってるじゃない! どうするのよアレ!」 その言葉にタバサは治療の手を止める。 「煽ったのは、貴方達」 どうやら、タバサも怒っているらしかった。 「そ、そうだけど……なんであんなにキュルケ怒ってるのよ。あんなキュルケ私初めて見たわ」 タバサは、広場の中心に立って次の相手を待つキュルケを眺める。 「それは私も驚いてる。最初から物凄く怒ってたけど、ここに来て上級生達まで居るのを見てもう歯止めが利かなくなった。そして多分トドメはルイズ」 「私?」 痛みのせいで涙目のままルイズは問い返す。 「キュルケはルイズの事嫌いじゃない。それがこんな目に遭わされて、もう後先なんて考えられなくなった」 タバサの意見にルイズは鼻を鳴らす。 「キュルケが? そんなわけないじゃない。そんな事より、キュルケがあんなに早く決めちゃうもんだから、次は私の番だってのにまだ痛みが取れないじゃない。どうしてくれんのよ」 ここにも後先考えないのが居た。 そんな顔をしてルイズを見下ろすモンモランシー。 「……やる気、なんだルイズ……へぇ……それは凄いわ、ホント……」 ルイズは憎憎しげにキュルケを睨みながら立ち上がる。 「ちょっとキュルケ! 次の相手だけって言ったでしょ! さっさと私に代わりなさいよ!」 キュルケは面倒くさそうに振り返る。 「この程度の相手なんて戦った内にも入らないわよ! いいから怪我人はすっこんでなさい!」 「何よ! ……っ!!」 更に言い募るルイズをタバサとモンモランシーの二人で取り押さえる。 そのままモンモランシーはキュルケに向けてひらひらと手を振る。 「キュルケー、こっちはいいからそっちはそっちで進めててー」 「あら? いつのまにこっちに来たのよモンモランシー」 「アンタに付いた覚えは無いわよ! いいからこっちは放っておきなさい!」 キュルケは肩をすくめて三年の方に向き直った。 モンモランシーは改めてタバサに聞く。 「タバサ、貴女ならキュルケを止められるでしょう? なんとかしてよ」 タバサは首を横に振る。 「まだみんな興奮している。今下手に止めに入ったら止めに入った私ごと袋叩きにされる。そうなったら死人を出さずに事を治める自信無い」 死人という単語にぞっとするモンモランシー。 確かに今止めに入ったら、同級生を火達磨にされた三年生達は収まらないだろう。 「じゃあどうするのよ!」 タバサは色々な事を考え、そして結論を出す。 それをモンモランシーに耳打ちすると、モンモランシーは頷き、校舎へと駆けて行った。 前ページ次ページゼロの花嫁
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前ページ次ページゼロの怪盗 ルイズの焦燥は並大抵のものではなかった。 同級生に『ゼロのルイズ』と揶揄され、不当な辱めを受け続けてきた彼女にとってこの召喚の儀は、 彼女を馬鹿にしてきた連中を見返す最大のチャンスでもあったのだ。 それが、召喚には何度も失敗し、ようやく成功したと思ったら、現れたのは平民の男。 しかも、使い魔の契約を結んだにも関わらず、男はすぐに自分の元から去っていったのだ。 ルイズにとっては、人生最大の恥といっても過言ではなかった。 「何処!?何処なの!!?」 その苛立ちは言葉となり、自然にルイズの口をついて出た。 「アイツ……いや、もうアイツなんて人呼ばわりしないわ!! 犬よ!それもバカ犬!!……犬だって少しは主人を慕うものよ?全く……」 ルイズの口元が歪む。 「ふっふっふっ……どうやら躾が必要なようね。ふっふっふっ……」 そんな風にブツブツと言いながら歩いていると、宝物庫の近くで海東を発見した。 ミス・ロングビルとイチャついている。……様にルイズの目には見えた。 「あのバカ犬ッ!!私がこんなに苦労しているのに!!」 ルイズは怒りに身を任せて、杖を海東の背中へと向ける。 すると次の瞬間、ルイズの目の前に何か光の弾のようなものが飛んできた。 地面へ着弾すると、土埃を高らかに舞い上げ、魔法を唱えようとしたルイズの手を止めた。 「……………………へ?」 一瞬の出来事にルイズの体が固まる。 目の前で何が起きたのか理解出来ない。 散漫していた瞳を海東へ移すと、海東はこちらに背を向けながら何かをルイズの方へ向けていた。 それは鉄砲のようにも見えたが、あんな鉄砲はこの世界には存在しない。 「やれやれ、とんだ邪魔が入ったね」 海東はそう言うと、ルイズの方へゆっくりと振り返った。 そして、その鉄砲のようなものをルイズへ向けた。 「え?え?な、何?」 ルイズは目の前の出来事に、頭が真っ白になる。 「僕は自分が邪魔されるのはあまり好きじゃないんだ」 海東は表情を変えずにそう言い放つと、引き金に指をかける。 「ちょ、ちょっとお待ちください!」 ロングビルは慌てて海東を制止する。 彼女にとって、魔法の使えないゼロのルイズなどどうでもよかったが、 仮にも学院長の秘書である立場の自分が彼女を見捨てるのはあまりに不自然であった。 「彼女はミス・ヴァリエール。ヴァリエール公爵家の三女です。 それを傷付けた、或いは殺したなどあったら政治的問題になります!」 「関係ないね。興味もない」 海東は冷たくそう言い放つ。 そんな海東を見て、ロングビルは戦慄した。 (何て奴だい……) ロングビルは海東の視線の先を見つめる。 (本当に興味が無いんだねえ…。まるでそこに何もいないみたいじゃないか) そこには怒りなのか恐怖なのか、わなわなと震えるルイズがいたが、 海東の目にちゃんと彼女が映っているかは甚だ疑問であった。 「ま、いっか。お宝に障害はつきものだしね」 海東は感情のこもってない笑顔を浮かべると、ルイズに向けていたそれを下ろす。 と、同時にルイズはその場にへたり込んだ。 どうやら腰が抜けたようである。 「じゃあ僕はこれで失礼させて頂くよ」 そう言うと、素早く海東はその場から立ち去った。 「あ……。ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」 ルイズは追いかけようとするが、足が動かない。 再び自分の元から去っていく海東の背中をただ見つめることしか出来なかった。 「…………!!」 ルイズは声にならない声を上げて地面を叩いた。 使い魔に対して恐怖を抱いたことへの屈辱、そして二度も使い魔に逃げられたことの悲しみ。 様々なものがない交ぜになり、自然と涙がこぼれている。 そんなルイズを気にも止めず、ロングビルは怪盗『土くれのフーケ』として海東の背中を見送った。 (あの身のこなし……あいつがただ者で無いのは確かだねえ。 それに、あのヴァリエールの嬢ちゃんが現れた時……。 背中に目でも付いてるかのような動きだった。……敵には回したくないねえ …………さて!) ごくり、と唾を飲み込むと、今度はミス・ロングビルとして泣き崩れるルイズの元へと向かった。 「……また、印が輝いてる」 海東は森の中で身を隠しながら、発光する自身の左手を見つめた。 (今のところ害は無いみたいだけど……このままにしておくわけにもいかない……か) この印は何なのか、また自身の体に何が起きてるのか。 知らないということがいかに危険なことだということを海東はよく知っている。 今後の為にも、この印のことを知っておく必要を海東は感じた。 その時、海東の脳裏にルイズの顔が浮かぶ。 (全てはあの子から……か) やれやれ、といった感じで海東を首を振る。 「……仕方ないね」 そう呟くと、海東は森の中へと消えていった。 ルイズはどうやって学院内へ戻ってきたのか覚えていなかった。 気付いた時には、コルベールの使い魔の捜索についての話が終わっていた。 当然、コルベールの話など1ミリも覚えていない。 半ば茫然自失のまま、ふらふらとした足付きで自室へ戻る。 (はははは……。もう、何が何やら……) 取り敢えず寝よう。 寝て起きたら、きっと悪い夢も覚めるだろう。 ルイズはもう他に何も考えたく無かった。 力無く自室の扉を開く。 「やあ」 「えっ?」 誰もいない筈の部屋から声がする。 ルイズは急いで中へ入る。 すると、 そこには飄々とした顔でベッドに腰掛ける男がいた。 その男はルイズが呼び出したあの使い魔、海東大樹であった。 前ページ次ページゼロの怪盗
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前ページ次ページ使い魔は妖魔か或いは人間か 滅亡を迎えるアルビオンに朝が訪れる。 ルイズが眠りから覚めると、もう日は昇りきっていた。 「もう昼過ぎかしら……」 太陽の位置から何となく時刻を察する。 眠りすぎたのを若干悔いつつ、手早く着替えを済ませた。 「お早う、ルイズ」 ルイズが扉を開けると、そこにはワルドがいた。 「おはよう、ワルド。ずっと待っていたの?」 「いや、まだ起きないようなら昼食を置いておこうと思って運んでもらったんだ」 老紳士然としたメイジが、食器を運んでいた。 「お目覚めですかな。 私、皇太子様の世話役を任されておりましたパリーです。以後お見知り置きを」 老メイジが深々と頭を下げ一礼する。 「昼食後で結構ですが、後に国王陛下が会見を望まれております」 「ええ、是非」 ルイズは作り笑いを浮かべようと努力する。 声がかすれながらも、何とか誤魔化せたようだ。 「ありがとうございます、国王陛下も喜びになられます」 パリーは笑顔でそう答えると、部屋を後にする。 老メイジの笑顔とは対照的に、ルイズの心は晴れないままだった…… 国王への謁見も終わり、夜を迎える。 ルイズはずっと部屋にいたかったが、そうもいかずパーティにだけは出席する。 表向きは華やかな宴、実態は最期の晩餐。 国王が逃亡するよう斡旋するも、部下達は笑って皆その場を立ち去ろうとしない。 誰もが陽気に笑い、破滅に向かう。 会場の光景がルイズには虚しさしか感じず、直視できない。 「アセルス……」 バルコニーで外をぼんやりと眺めていたアセルスにルイズが近寄る。 「どうしたの?」 ルイズに掛ける言葉は優しさに満ちている。 自分の心が砕けそうになった時、アセルスは受け止めてくれた。 一方で他人の命を躊躇いもなく奪う。 アセルスの二面性に、ルイズは戸惑いを覚える。 笑顔で滅びようとしている、アルビオンの貴族達のように。 「どうして彼らは笑っていられるのかしら……死ぬのが悲しくないの?」 「さぁ……私には分からないわ」 ルイズの望む答えはアセルスにも分からず、素直に告げる。 「アセルスは命の奪い合いが怖くないの?躊躇したりとか……」 ルイズの口調にいつもの明るさはない。 人が死に向かう姿を目の当たりにした経験はなかった。 「戸惑っていたら、その間に大切な人を失うから」 崖での尋問や宿での交戦。 殺さなければ、こちらが殺されていたかもしれない。 理屈は分かっていても、心の未成熟な少女の感情は揺らいだままだった。 「私も……アセルスにとって大切な人なの?」 「当然じゃないか」 アセルスはルイズの質問した意図が理解できない。 「私、ワルドに婚約されたの」 アセルスに衝撃を与えるルイズの告白。 「……ルイズは……どうするの?」 曖昧すぎるアセルスの問いかけ。 止めるにせよ決心させるにせよ、何か言わなければならないのに何一つ浮かばない。 「分からないのよ……自分でもどうすればいいのか」 弱々しく首を振って、目を伏せた。 「だから、アセルスに聞きたかったの。私は一体どんな存在なのか」 ルイズの一言一言に、アセルスは胸が締め付けられた。 動悸が激しくなり、何もしていないのに嫌な汗が流れる。 「……ルイズにとって、私は何?」 ルイズの質問に息が詰まりそうになりながら、かろうじて言葉を絞り出す。 「理想よ。貴族の理想、こうなりたいと願う憧れ」 アセルスの問いに、ルイズは即答する。 ルイズがアセルスを追求しだしたのは、ほんの些細な重ね合わせから。 ワルドの求婚。 アセルスの人生を追憶する夢。 人と妖魔の関係に気づいてしまった事。 最大の理由は、自身が理想が揺らいでしまった事。 名誉を守る為、滅びを恐れぬ彼らの姿は紛れもなく貴族の精神だ。 同時に愛する者を捨ててまで、死に行く彼らがルイズには納得できない。 「ねえアセルス……お願い、答えて」 か細い声と共に、アセルスのドレスの裾を掴む。 理想が揺らいだから、ルイズはアセルスを求めた。 求められる事で、自分が間違っていないのだと信じたかった。 無論、求められたからと言って正しさを証明できる訳ではない。 ルイズが行おうとしているのは、単なる現実逃避だ。 誰より孤独を嫌うから、他人に必要とされようと求める。 何もルイズだけに当てはまる事ではない、アセルスも同様だった。 「私は……」 傍にいてくれればそれだけで良かった。 かつてルイズに告げた台詞だが、アセルスは肝心な関係を伝えていない。 主従として、友として……或いは愛する者として。 どのように寄り添って欲しいかまではアセルスは告げていない。 追求された今、何と返せば正しいのか言葉が浮かばない。 いや、この問答に正解など無い。 アセルスは単に嫌われまいとしているだけだ。 だから、アセルスは自分の感情ではなく当たり障りの無い答えを返す。 一番愚かな過ちだとも知らずに。 「私は貴女の使い魔よ」 「そう……」 明らかに落胆したルイズの声。 アセルスには何が間違っていたのかが感づけない。 「私は人間よ……」 ルイズの口から出てきたのはアセルスからすれば拒絶にも等しい言葉。 「それは……」 二の句が継げない。 関係ないとでも言うつもりか? かつて白薔薇に妖魔と人間は相入れないと言っておきながら? 「いつか別れがくるわ……」 死について考えた時、自分も同じ立場だと気付いてしまった。 人間に過ぎない自分はいつかアセルスを置いて、死んでしまうと。 ルイズの宣告は、アセルスが気づきながらも考えようとしなかった問題。 「言ってたわよね、傍にいてくれるだけでいいって」 アセルスは声が出せない。 いくら足掻いても、喉が枯れたような呻き。 「でも、私じゃダメなのよ……」 ルイズの顔も悲壮に満ちていた。 「私はいずれアセルスを孤独にしてしまうわ……」 構わない、わずかな間でも孤独を忘れさせてほしい。 アセルスの頭に引き止める言葉は浮かぶも、口に出来ない。 何故なら、アセルスの本当の願いは自分と永遠を分かち合う存在。 人の身であるルイズには、決して叶えられない願い。 「ねえ……私、どうしたらいいかな?」 離れたくない、しかし種族の違いが二人の前に立ちはだかる。 思わずアセルスはルイズの腕を逃がさないように掴んでしまった。 「痛っ……アセルス…………?」 ルイズがアセルスを呼びかける。 掴んだ腕で華奢なルイズの身体を引き寄せる。 見慣れたはずのアセルスの紅い瞳。 それが今のルイズには、まるで別人に見えた。 「アセルス……怖い……!」 振りほどこうとするが、ルイズの力ではアセルスに適うはずもない。 怯えたルイズに対して、アセルスに過去の光景がフラッシュバックした。 オルロワージュを倒して、妖魔の君となった時。 ジーナを寵姫として迎えた時に残した彼女の言葉。 『アセルス様…………怖い……』 ジーナが怯えていたのは、慣れない針の城に迎えた所為だと思っていた。 ルイズの姿がジーナと重なる。 怯えていたのは自分にではないかと今更気づいた。 「止めないか!」 会話の内容までは知らないが、ただならぬ雰囲気にワルドが間に割って入る。 「とうとう本性を現したな、妖魔め!」 ワルドは杖を突きつけると、ルイズを庇う。 ルイズはワルドの背後でなおも恐怖から震えていた。 自分の何を恐れているのか? 疑問の答えはアセルスには決して紐解けないものだった。 人は常に最善の答えを探し出せるとは限らない。 しかし、限られた選択肢の中から次善策を見つけて生きる。 ジーナが陰鬱な針の城を嫌いながら、ファシナトールから離れられなかったように。 行く宛などなかったし、抜け出すだけの大金がある訳でもない。 結果、彼女は現実を妥協する。 だが、アセルスは城から逃げた。 受け入れねばならないはずの現実から逃げるようにして。 半妖の証明である自分の紫の血。 人間でなくなり、妖魔となった事実。 この時点でもアセルスに残された選択肢はいくつかあった。 例えば半妖として、蔑まれながらも生き続ける。 或いは主であるオルロワージュを討ち滅ぼして、妖魔の血を消し去る。 前者であればジーナがアセルスから離れはしなかった。 後者なら永遠の命を捨て、代わりに平穏な人生を得られたはずだ。 彼女は何の選択も行わず、逃げた。 妖魔として生きる道を選んだのではない。 自分の運命を呪うばかりで、選択を行わずに妖魔に堕ちたのだ。 シエスタの祖父が娘に語ったように、アセルスは運命を言い訳に使ったに過ぎない。 アセルスに残されたのは上級妖魔の血を継いだ事。 ルイズが貴族の自尊心に縋ったように、アセルスはオルロワージュを超えようと確執した。 寵姫の数や他者を支配するという目に見える成果だけを求めて。 決断を先延ばしにした結果、白薔薇を失った。 アセルスは白薔薇を自分勝手な使命感で失った自覚はある。 だが、後悔するだけで省みれなかった。 ジーナも失ってようやく、白薔薇が自分の下から去ったのではと気付かされた。 白薔薇は自分よりあの人を選んだのだろうかと、妬みにも似た感情に支配されるのはアセルスの稚拙さ。 現実を見ようとしなかった代償が押し寄せる。 その時、アセルスが選んだのはいつもと同じ行動だった。 「アセルス!」 ルイズの叫び声は空しく響きわたった。 アセルスはルイズの前から逃げ出したのだ…… ルイズもアセルスも気づいていない。 お互いが相手を求めながら、相手を見ていなかった現実。 ルイズはアセルスの半生を見て、彼女が苦悩を乗り越えた気高き存在だと思っている。 アセルスはルイズが自分で決断した目標、立派な貴族になるまで挫けないのだろうと思いこんでいる。 人の心はそれほど簡単ではないのに。 二人は擦れ違い続ける。 傍にいながらお互いの存在を正しく認識していないのだから。 「どうして……」 残されたルイズがアセルスの消えた闇夜に呟く。 「ルイズ、無事かい?」 ワルドが振り返る。 「どうしたんだい?今にも泣きそうな顔だ」 ワルドがルイズに語りかける。 「分からないのよ、何が正しいのか……」 誇り高いはずの貴族の行動が理解できない。 アセルスも、自分の前から逃げ去ってしまった。 何が間違えていたのか、答えをいくら求めても見いだせない。 「あれが妖魔さ……人を裏切る事など露程も思っていない」 ワルドは吐き捨てるように言い放つ。 「大丈夫、君の傍には僕がずっといるとも」 今にも泣きそうなルイズの肩に手を置いた。 優しい一言にルイズの頬から一滴、涙が溢れ落ちる。 「君は優しすぎる……だから、好きになったんだけどね」 泣いたルイズをそのまま抱きしめる。 張りつめた精神が緩んだ結果、泣き疲れてルイズは眠ってしまった…… 次にルイズが目を覚ましたのはベッドの上だった。 昨日割り当てられた自分の部屋なのだろうと、感づいた。 「やあ、起きたかい?」 ワルドの声がした扉の方を振り向く。 ワルドは給仕に暖かい飲み物を運んでもらっている最中だった。 飲み物が入ったポットを暖めてルイズに手渡す。 「落ち着いたかい?」 「ええ、ごめんなさい。みっともない所見せちゃって」 立派な貴族になるという志がルイズにはある。 だが、それをなし得たと思う出来事は一度もなかった。 魔法は未だに扱えないままだし、人に弱音を見せてしまうのはこれが二度目だ。 一度目の時。 その相手だったアセルスは何も言わずに立ち去ってしまった…… また戻ってくるかもしれないが、ルイズの心に暗鬱とした感情が溜まる。 再び会ったとして何を言えばいいのだろうか。 初めて、アセルスが妖魔である事を怖いと思ってしまった。 バルコニーでのアセルスの瞳。 信じていた相手にすら畏怖を与えるだけの重圧があった。 同時に、心に引っかかるのはアセルスが消える前に見せた表情。 既視感を覚えながら、ルイズには感覚の正体が何思い出せない。 「ルイズ」 ワルドの呼びかけにルイズが顔を上げる。 「もう一度言わせてくれ。ルイズ、僕と婚約して欲しい」 事の発端となったワルドのプロポーズ。 「ワルド、それは……」 「分かっている、君がまだ学生なのは。 不安なんだ、君がまた妖魔に殺されるんじゃないかと」 ルイズが否定しようとするより、ワルドが強くルイズの手を握る。 「アセルスは……」 そんな事はしないと言おうとして、言葉に詰まる。 ルイズの心情に構わず、ワルドは手を握り締めたままに捲し立てた。 「何も今すぐにと言う訳じゃない。 学校を卒業してからでもいいし、君が立派な貴族になったと思ってからでもいい。 ただ式をここで挙げたいんだ、二人っきりで」 「こんな所で?」 思わず、率直な意見を口にしてしまう。 「ウェールズ皇太子は勇敢な貴族だ。僕は皇太子に神父役を御願いしたいんだ」 ルイズが沈黙して考える。 ワルドに対しては少なからず好意を抱いている。 突然のプロポーズに困惑しているが、嬉しいと言う気持ちも無い訳ではない。 むしろ、自分なんかでいいのだろうかとすら思える。 グリフォン隊の隊長という立場にあるワルドと、魔法すら未だ使えぬゼロの自分。 「……本当に、私なんかでいいの?」 「君を愛しているんだ」 ワルドはルイズの質問に即座に答えてみせた。 「……うん」 長い沈黙の末に、ルイズが頷いた。 「本当かい!」 喜びにワルドは大声をあげ、ルイズの手を取る。 「ありがとう!必ず君を幸せにしてみせるよ」 ワルドが何気なく言った言葉。 幸せとは何か?願いが適う事だろうか? アセルスの願いは自分と傍にいる事だった。 ワルドの願いは……婚約? 自分の願いは……何だろうか? 立派な貴族になるという目標は少し違う気がした。 ここまでの疲れが出たのだろうか、カップを戻そうと立ち上がるとふらついてしまう。 そんなルイズの肩をワルドは優しく抱きとめた。 「僕がやるよ、君は明日の式に向けて休んでおくといい」 就寝の挨拶を交わして、ワルドは部屋を立ち去る。 ベッドの上に仰向けになったルイズを月明かりが照らす。 ぼんやりと何も考えられずにいると、ルイズはいつの間にか眠りに落ちていた…… 逃げ出したアセルスは何処とも分からない森にいた。 崖下には奈落のように暗く深い、夜空だけが広がっている。 『相棒……』 デルフが呟くが、何と声をかけていいのか分からなかった。 素人玄人問わずに多くの人間に使われてきた記憶は存在する。 大小問わず悩み、苦しむ使い手もいた。 しかし、アセルスのように半妖の悩みを抱えた者はいない。 彼女の心に混沌とした感情が渦巻いているのだけは伝わる。 300年生きたオールド・オスマンがルイズに何も言えなかったように。 デルフも何も言葉をかけられない自分の無力さに、歯があれば歯軋りしただろう。 「ルイズ……」 朧げに彼女の名前を呟く。 初めは好奇心に近かった。 自分を召喚した少女の境遇はあまりに自分と似ていた。 同時に、彼女ならば自らの苦悩を理解してくれるかもしれないと考える。 事実、ルイズは受け入れてくれた。 他人に見せられない弱さも自分の前では見せた。 それでも成長しようとするルイズを見て、美しいと思った。 問題は幾度も悩んだ、種族の差。 加えて、アセルスにとっては新たな苦悩があった。 白薔薇の頃はまだ無自覚だった。 友達や姉のように思っているだけだと自分に言い聞かせた。 『自由になってほしい』 白薔薇が最後に告げた台詞はオルロワージュからの支配の脱却だと思っていた。 『くだらないことに捕らわれるんだな。 姫も言ってたじゃないか、自由になれってね』 だからこそ、他人に指摘された時に動揺する。 ──本心では、私は白薔薇を愛していたのだと。 ジーナは生まれて初めてはっきりとアセルスが愛情を抱いた相手だった。 だが、ジーナも失った。 未だ理由が分からないまま、彼女は自らの命を絶った。 アセルスは二度の喪失から誰かを求めるのが恐ろしくなる。 自分を受け入れてくれた存在をまた失うのではないかという不安。 アセルスは気付き始めていた。 いつの間にか、他人を妖力で支配していた事実。 嫌悪していたはずの妖魔の力を当然のように扱い、欲望のままに行動していた。 「だって私は妖魔の君……」 違う、妖魔の力なんていらない。 人としてただ、平穏に暮らしたかった。 誰でもいいから必要とされたかった、妖魔ではなく自分自身として。 だから…… 「その為に、ルイズを利用した……」 寂しさや孤独を嫌った。 妖魔として生きると言いながら、人間のように理解者を求めてしまった。 召喚で呼び出された相手、ルイズが鏡写しのように思えたから。 一人の少女を地獄への道連れにしようとする行いだとも気づかず…… 『違う!相棒が嬢ちゃんを思う気持ちは本物だったはずだ!』 デルフの制止にも構わず、左の拳を地面に叩きつける。 地面を容易く抉ると同時に、アセルスの皮膚にも微かに血が滲む。 「紫の血……妖魔でも人間でもない血の色……」 見慣れたはずの血の色が、汚らわしく見えた。 デルフを掴むと自分の手に何度も何度も突き立てる。 叶わないと知っていても、自分の血を全て流してしまいたかった。 『よせ!相棒!!こんな事したって……』 妖魔の血がなくなる訳じゃない。 デルフが言葉を引っ込めたのは、アセルスの悲痛な表情を見たからか。 「ルイズは……結婚するって……」 アセルスの言動は、もはや支離滅裂。 それでも、ルイズから告げられた事実を噛み締める。 婚約。 もし自分が人間のままだったなら、誰かと結ばれた人生もあったのだろうか? そうなればジーナも……そう、ジーナも同じだ。 ──ただの人間として。 ──平凡だが、幸せな人生を満喫する権利が彼女にもあったはずだ。 ──彼女から全てを奪ったのは…… 「私だ……私がジーナを……」 アセルスが思い出すのは、針の城でジーナと二人になった時の事。 怯えるジーナにアセルスはこう告げた。 『大丈夫、二人で永遠の宴を楽しもう』 即ちジーナに自らの血を分け与えようとした。 人から妖魔になる。 どれ程の苦悩かは自分が一番知っていたはずなのに。 ジーナさえ傍にいてくれれば良かった。 だが、ジーナは本当に永遠を共にしたかったのか? 彼女はあくまで『人』として自分の傍にいたかっただけではないのか。 永遠を望んだのはアセルスのみ。 自分がジーナに妖魔として生きる事を強要していたと気づく。 ──寵姫をガラスの棺に閉じ込めていたオルロワージュのように。 『あの人』と自分が同じ過ちを繰り返していた。 一度陥った悲観的感傷に、己の愚かさを否応なく見せつけられた。 どれほど後悔しようと手遅れだった。 ジーナが目を覚ます事はもう二度とないのだから。 失うのを恐れた続けた結果、人から全てを奪ってしまった。 白薔薇の居場所も……ジーナの命も……ルイズからも全てを奪うだろう。 アセルスは立ち上がると、浮浪者のように彷徨い歩く。 『相棒、どこ行くんだ!城は反対の方向……』 「私はもう、ルイズの傍にいられない」 デルフの叫びに力なく頭を振ると、ルイズの元に戻らない事を伝える。 『何を言ってんだ!?』 「きっと彼女を不幸にするもの……」 ジーナや白薔薇のように。 ルイズも自分の運命に巻き込んでしまうのを恐れた。 いや、既に巻き込んでしまっている。 これ以上、自分に付き合わせてはいけない。 運命に負けた敗残者の自分。 掲げた目標に向けて進むルイズ。 彼女の重りにしかなりえないと思い込んで、アセルスは姿を消した…… 前ページ次ページ使い魔は妖魔か或いは人間か
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事態は収束した。闖入者ウルカヌス・は倒され、オニクス十式はルイズの使い魔となった。これで何もかもが丸く収ま------- らなかった。 直後に教師陣が中庭に集結し、ルイズとオニクス、コルベールとその他一部の生徒が校長室に呼び出された。 待っていたのは質問攻め。 あの敵はなんなのか? 敵の目的。 オニクスとウルカヌスの関係性。 そしてオニクスの正体。 オニクスとルイズとその他の人たちは、本当のことを嘘偽りなく話した。 「ではあのウルカヌスワンとやらも、アナタも『神』だと?」 「そうだ」 「そしてこれから自分がいる限り、この学園にはあのような連中がやってくると」 「断言はできんがおそらく」 オニクスは教師らの質問に全て答えられる範囲で答えた。この質問攻めの開始された時から広がっていた教師陣の動揺は、さらに広がっている。 動揺せずがっしりと構えているのは、オールド・オスマンとその秘書ロングビル、そして数名の聡明な教師だけだ。 (馬鹿な…あのようなものが12体も、しかもここを襲ってくる可能性があるというのか) (神を従える生徒なんて、聞いたことがない!) (早急に排除すべきだ) (恐れ多い、神の眷属を従えようなど…) (またヴァリエールがやらかしたのか) その雰囲気にも、オニクスは黙って耐えている。まるで聞く耳を持たないかのように。逆にルイズは不安だった。 あの時は気付かなかったが、確かに神を従える魔術師など、神話やおとぎ話の中でしか聞いたことがない。すごいことはすごいが、手放しで喜べることでは無さそうだ。 「オールド・オスマン、我々はこのオニクスの追放を提案します」 一人の若い教師が言った。それに感化されるかのように、他の教師も彼に呼応してオスマンにオニクスの追放を提案する。 「そうだ!これはヴァリエールにとってもよくない!」 「ここが消滅してからでは遅いのですよ!」 だがオスマンは黙ったまま。ルイズはつばを飲み込み、依然としてオニクスは押し黙っている。 「オールド・オスマン!」 「静まれ、静まらんか」 不意にオスマンが声を上げ、一斉に教師達が沈黙する。 「まぁ、ええじゃないか」 「しかし」 「例え手に入れたとしても、使いこなせるわけではなかろう?半人前の魔法使いに高位の魔道書を与えても、扱えないのと同じじゃ。だから、そこは彼女に任せてみても良かろう? それに、オニクス殿」 「なんだ?」 「もしここに敵がやってきたとしても、お前さんが戦ってくれるんじゃろ?」 「ここの安全は保証しないがな」 オニクスは平然と言い放つ。 「その時はその時じゃ、わしは、ヴァリエールとこの使い魔にすべてを任せてみてもいいと思うぞ」 オスマンの一言で、教師陣は沈黙する。この老いた魔法使いの放つ言葉には、何というか威厳というか、妙な説得力があった。 それに押されてしまったのだろう、もうオスマンに反抗の意を唱えるものはなかった。 「…ご覧の通り、皆納得したようじゃ。ささ、でてったでてった」 夜。ルイズはクッタクタに疲れていて、自分の部屋に戻るや否や、ベッドに倒れふしてしまった。続いてドアをくぐるように、オニクスがルイズの部屋に入る。 「ふはぁ…あんたのせいで、疲れたわ」 「そうか」 またしてもオニクスは、単調な返事を返す。まるでホンモノのロボットのように。ルイズは少し頭に来た。 「あんたさ、もうちょっとなんかないわけ?」 「なにかないかとは」 「もうちょっと『ごめんなさい』とか、『すいませんでしたぁ』とか、あるでしょ」 「謝る必要性はない」 「はぁ?」 「俺は自分の身を守ったまで。お前は確かにウルカヌスに殺されかけたかもしれんが、それはウルカヌスが悪いのであって、俺は全くの無罪だ」 「あんた、召還されてすぐに私にした悪行の数々を、忘れたって言うの……!?」 「…そうだったな。だが、アレも半ば自業自得だろうに。もう少しやんわりとした言い方は出来ないのか」 「使い魔に対してしつけをして何がいけないってのよ!」 「そうか、使い魔は人間以下の存在なのか。俺も堕したな、昔はもう少しマシに扱われていた」 「そりゃ神様だものね」 …彼らのコンビネーションは当分よくはならなさそうだ。 「そういえば、ルイズ」 ふと、オニクスが声をかけた。本来ならルイズはここで 「ちょっと、もうちょっとよびかたがあるでしょ!?『御主人様』とか(以下略 などと怒鳴りつける所なのだが、ルイズにはその気力すらなかった。 「ぁによ」 「使い魔とは何をすればいいのだ」 「ああ、そうね。それをまだ言ってなかった」 ルイズはベッドから身を上げると、オニクスを見上げて説明を開始した。 「……まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」 「で、俺はそうなってるか?」 「全然。だから、これは無理ね。 えーと、それから使い魔はね、主人の望むものを見つけてくるの。例えば秘薬の材料とか……」 「そんな能力は俺にはないし、必要なかろう」 「むかつく言い方するわね…さいごに、これが一番重要。使い魔は主人を守る存在でもあるの。その能力で主人を敵から守るのが一番の役目!」 「それならば俺で…事足りるな。それだけか」 「そうね、それ以外は特にないわ」 オニクスは納得したのか、顔を伏せる。 「そうだ、私はもうそろそろ寝るから、洗濯よろしくね。そこのカゴに入ってるから。後、朝は起こしてね。じゃおやすみ」 ルイズはそういって、ベッドの中に潜り込んだ。 オニクスは呆然としてしまった。 「…洗濯、だと?この俺に、洗濯だと?」 数時間後の早朝 窓を越え、地上へと跳躍する。カゴを足下に置き、オニクスは虚空を見つめた。 「…ふざけてやがる」 ここは神話界、そのものだった。魔法が世界の常識で、神話が人々の間に浸透し、エルフが、亜人が、当たり前に存在する。 科学に彩られたあの世界のことを思い出しながら、彼は洗濯する場所を探して歩き出した。 そういえば、あの世界では洗濯も機械が代行してくれるのだったか。つくづく怠惰な世界だ。だが、皮肉なことに怠惰も技術を進める原動力のひとつである。 ○○を誰かがやってくれたなら、俺はそれをしなくて良い。 そういう思想が、案外発明を生み出す原動力になる。そしてそこに情熱が加わり、熱意となり、発明への努力に昇華される。 「…」 洗濯場を探しながら、彼はそんなことを考えていた。 洗濯場はほどなくして見つかったが、洗濯の方法がわからない。かの最高神も、洗濯まではしたことがなかったらしく、洗濯の方法は何度思い返しても思い出せない。 べつに洗濯をしないであの少女の元に戻り、口喧嘩になってもいいのだが、それはそれで面倒だとオニクスは思った。 「どうするべきか」 口に出してつぶやく。状況は、悪くなるばかりである。 「あ、あの…」 後ろから、誰かがオニクスに声をかけた。オニクスは振り向き、それを見下ろす。 メイド服を来た少女が、困った顔をして彼を見つめている。 オニクスの背は高い(2m10cm前後)。自然と見上げる形になる少女。オニクスは何となくかがみ、少女と近い高さをキープした。 「この学園にはメイドがいるのか?」 「そ、そうです。雑用は私たちの仕事で」 「雑用とは?」 「掃除とか、洗濯とか、料理とか…」 「…大変そうだな。で、洗濯か」 「はい、でも、あなたも洗濯物、持ってますよね?てことは、あなたが先じゃ」 「俺はいい。それより、後でいいから教えて欲しいことがあるんだ」 「はい、私に出来ることなら」 「…洗濯を、教えてくれ」 オニクスはメイド…シエスタの洗濯の様子を黙って見学していた。彼女はさながらプロフェッショナルのような手つきで洗濯を済ませていく。 オニクスは妙に感心してしまった。 「そういえばあなたも、誰かの使い魔なんでしたっけ」 「ルイズ…とか言ったか。あのクソガキの使い魔さ」 彼女はオニクスと会話をしながら、既に自分の洗濯を8割がた済ませている。 「名前は?」 「十式オニクス。オニクスでいい」 「なんか、厳つい名前ですね」 「…そうだな」 もしオニクスが人間なら、微笑を浮かべていたことだろう。昔の世界では絶対に味わえなかった、日常的な風景。こういうことを求めていたのかもしれない。オニクスは一人心中でつぶやく。 そうこうするうちにシエスタが洗濯を終え、オニクスに声をかけた。 「終わりましたから、洗濯カゴを持ってこっちへ!」 「わかった」 オニクスは生まれてはじめての洗濯に臨む。 結果は… 最早語るまい。 朝。 しばしの眠りから目覚め、オニクスは起動した。そして昨晩ルイズに言われた通りに、彼女を起こしにかかった。 「起きろ、ルイズ」 ゆさゆさ。 彼女の肩を揺するが、彼女は起きる様子を見せない。 「う~~ん…うるちゃい、うるちゃい、ぜろじゃないもぉ~ん」 「寝ぼけてないで起きてくれ」 「メロンパン…かゆ………うま……」 「起きろ!」 「右斜め四十五度、これアタシの角度ね~」 朝からどんな景気の夢を見ているのかも気になったが、オニクスは腹が立った。せっかく言われた通りに起こしてやったのに、なんだろうかこの態度は。と、思ったわけだ。 なので、少々荒っぽい手段をとることにした。手を手刀の形に固定し、狙いをつけ、上に振りかぶり、 「起きろ!!」 ルイズの額に、おもいっきり振り下ろした。 「嫌ぁあああああああ!! ホァアアアアア!!ホァアアアアアア!!! 天皇陛下BANZAI !!!!!!!!!」 煩かったので、もう一発チョップを決めた。 効果はてきめんだったが、お陰で朝からルイズの失敗魔法を喰らったオニクス。 ダメージ自体は少ないが、おかげでオニクスは「この主人とのコンビネーションには期待出来ない」と、つくづく思った。 一人と一機は今階段を下り、授業へと向かっている。 「ったく、洗濯ものはボロ雑巾になってるし、朝からチョップで起こされるし、ろくなことがないわよ!」 「自業自得だろうが」 「うるさいわねっ、もうちょっとマシな起こし方は出来ないの!?」 「じゃあ次からボルカノハンマーで頭をカチ割ってやろう」 「それじゃ永眠しちゃうわよ!!」 「ならお前の夢に介入して悪夢を見せてやろうか」 「悪夢で目が覚めるなんて最悪じゃないの!」 「なら少々強めの電気ショックと行くか」 「半身不随にするつもり!?」 「全身でもいいだろう。一生眠れるぞ」 「そういう問題じゃないわよ!」 とにかく二人の朝は、当分喧嘩が定例になりそうだ。 話を少し変え、時間を少し戻そう。 視点をルイズとオニクスから移し、 ギーシュという少年に向けてみることにする。 その少年はドットメイジで、貴族で、ワルキューレの使い手「青銅のギーシュ」として、学園ではある程度名の知れた魔法使いであった。 だが彼は、もっと強くなりたかった。志ある人間なら当たり前かもしれないが、彼もまた向上心が高く、誰よりも上を目指していた。 数体のワルキューレが使えても、それではまだ駄目だ。自分よりワルキューレの使い手などいくらでもいる。 そうして少しばかりの壁に突き当たっていたギーシュは、二日程前に、ある拾い物をした。 それは、青みを帯びた小石だった。親指程の大きさで、なんと顔のような模様が極めて精巧に彫り込まれている。ギーシュはこれを何故だか気に入り、持ち歩くことにした。 その小石には、自分のように美しい男の顔が彫られていた。 そして授業。 自分の得意とする、錬金の授業だったか。 ギーシュは指名され、おもむろに教師に言われた通りに鉄屑に魔法をかけた。するとどうだろうか。 本人は軽くひねった程度のつもりだったのに、鉄屑はなんと金塊に変わった。 これにはギーシュも驚いた。その後も、ギーシュの魔法はとどまる所を知らなかった。 出せるワルキューレは八騎に増え その作りは精巧になり 動きも人間に近くなり まるで、マジックアイテムで急に強くなったかのような感覚。ギーシュは興奮した。これなら学年一位とて夢ではない。 そのせいで、彼は石のことなどすっかり忘れてしまった。 それ以来、石は彼の右ポケットに入っている。 そして時は動き出す。元の時間へと、元の視点へと戻ろう。 ルイズは席に着いていた。既に授業は開始され、黒板にはチョークで字が描かれ、彼女はそれを写し取る。だが、今回の授業は、いつもと違う所があった、 「静かすぎる」。 いつもなら数名の生徒の雑談や、紙切れを回してのしりとり、ペン回しもろもろが見受けられる。それが正しい「それなりの学生の授業」のはずだ。 そしてそれを注意する教師の声もまた、日常の一部。 だが、今日の授業にはそれが全くない。 静か過ぎた。 原因は、後ろで壁にもたれかかるオニクス十式、彼にあった。 先日その力を遠慮なく見せつけてしまった彼の噂は、瞬く間に学校中に広まっており、しかも噂には尾びれまでついて、物騒なものになっている。 使い魔達もまた彼の存在を警戒し、静寂を保っている。 曰く「その手からは詠唱もなしにあらゆるものを生み出す」 曰く「身の丈程もある剣の使い手で、剣は輝き全てを切り裂く」 曰く「金色の羽で空を駆け、破壊の杖で天を灼く」 曰く「R-2とR-3と合体し、無敵のスーパーロボSRXになる」 そんな物騒な噂のせいで、今日の教室は静かなのだ。 そんな中でも、ルイズはいつもと変わらず熱心にノートを写し取る。唯一いつもと変わらないのは、彼女ぐらいだろうか。 黒板に再び字を書き始めたシュヴルーズのチョークを追い、それを書き取る。雑談には加わらず、ただそれに専念する彼女。 そう、いつもならそれで終わり。 だが、今朝は少し違った。 シュヴルーズが、前で錬金の実技をする有志を募っている。 (…普通いく奴はいないわよね) ルイズはノートを写しながら、その光景を見つめていた。そして、瞬間ペン先への意識がおろそかになった刹那に、それは起きた。 乾いた音ともに、えんぴつが折れた。 「あ」 「ちょうどいい。ミス・ヴァリエール、今回の実技はあなたがやりなさい」 完全なるこじつけ。 だが、ルイズは渋々従った。 オニクスは授業の風景を見つめていた。 どうやら「四大元素」という考え方は、どこの世界でも共通のようだ。そして今回の授業で扱うのは「土」。 見た所オニクスが小指でひねれば出来る程の魔術ばかりであったが、細かい理論の違いをオニクスは探したりしてしばしの暇つぶしをしていた。 ふと、前の方で教師(シュヴルーズと言ったか)が、実技の有志を募っている。 (誰がいくだろうか) オニクスは少し気になり、生徒達に眼をやる。 手を挙げかけで引っ込めるもの。 そもそも手を上げる気がないもの。 種類は様々だ。そして自分の主人は、後者に属していた。 (指名になるか) すると、オニクスの聴覚は乾いた音を捉えた。鉛筆の芯が、折れる音だ。音源は主人たるルイズの鉛筆。彼女の鉛筆が折れたのだった。 シュヴルーズはこれをチャンスとばかりに彼女を指名し、実技を行わせるよう促した。ルイズは立ち上がり教卓へと向かう。 すると、一人の女生徒が立ち上がってシュヴルーズに言った。 「先生、危険です」 そうだ。危険だ。その威力は十分知っている。ウルカヌスにダメージを与える程なのだから、この教室の机を全て吹き飛ばすくらいのことは出来そうだ。 それは自分に取っても、この場の全員にとっても危険だ。 ルイズはその長身の女生徒に抗議し、周りの文句を無視して詠唱を始めた。 オニクスは杖に注視する。 魔力の具合を見るオニクス。 人によって魔力の質は微妙に異なる。Aという人間とBという人間の魔力は、違うものだ。ゆえに、人によって得意な属性苦手な属性があるし、差異が出てくる。 その中でもルイズは特に、個性的なものだ。何でも爆発に還元する力、といった所だろうか。昨日あたりでオニクスは結論づけていたが、実物を見れば何かわかるかもしれない。 そう思って、これは少し楽しみにしていたのだ。 (さて、どうなることやら) 魔力が生成され、回路を伝って杖へと。 杖から大気へ放出される一瞬、そこに手がかりがある。 オニクスは注視した。 杖から変換された魔力が大気に放出される。 本来ならそれは石に到達して、奇跡を起こし石を砂なり鉄なりに変える。 だが、ルイズの場合は違った。 魔力は石に到達。 そして、魔力は役目を果たすことなく、すぐに外部へと拡散していく。 爆発へと変換され。 「…!!」 よくわからない。だが、危ないことは明らかだった。オニクスは動いた。右腕の掌を向け、高らかに叫ぶ。 「銃の腕(ゲヴェーア・アルム)!!」 瞬間、掌から閃光がほとばしった。青い閃光は机の上の小石を魔力ごと消し飛ばし、惨事は免れた。 そして教室の人間の視線は当然、オニクスに向く。 「…オニクス?何してるのかしら?」 約一名、怒りの視線を向ける人間もいる。(無論ルイズだ) だがオニクスはあくまで冷静に対応した。 「失敗するぞ」 「何言ってるのよ!私の魔法が失敗するはずないでしょ!」 「嘘をつけ。どれ、俺が手本を見せてやろう」 オニクスは机の間を横切り、教卓の隣にいるルイズに相対した。後ろではシュヴルーズが「ちょwwwおまっwww」と言った顔でオニクスを引き止めている。 「あなたなんですか?使い魔なら後ろで静かに…」 「もう一個石を用意しろ」 「ハ?」 「聞こえなかったのか、『もう一個石を用意しろ』」 有無を言わさぬオニクスのドスの利いた声に、思わずシュヴルーズは小石を用意してしまった。そしてオニクスは拳大の小石を、教卓の上に置く。そしてそれに向けて手をかざした。 「………」 ナーブケーブルを石に展開し、一瞬で組成を組み替える。小石は人形になり、着色された。 数秒後教卓の上にあったのは、ルイズとそっくりな精巧な人形だった。生徒の拍手と「おお~」という賞賛の声が漏れる。そしてオニクスが指を鳴らすと、ルイズ人形が動き出した。 「ウルチャイ!ウルチャイ!ゼロジャナイモン、ゼロジャナイモン」 その怒り狂う姿は、見事にルイズそっくりだ。 ルイズは赤面し、再び賞賛の声。 そしてオニクスがもう一度、指を鳴らすとルイズ人形は爆発した。そして爆発の煙が晴れると、そこには鳩が立っていた。真っ白な鳩だ。 「…こんなところか」 「お…お見事」 思わずシュヴルーズも声を漏らす。一方で不愉快なのはルイズだ。 「オ・二・ク・ス~っ」 「文句か」 「使い魔のくせにアタシより目立つんじゃないわよ!今日は昼食抜きよっ!!」 鳩が開いた窓から、外に飛び出していった。 次 回 予 告 プライド高き少年の些細な失敗は、 邂逅への鍵となる。 彼の手にした魔性の力は 黒き機神に悪い予感を抱かせた。 次回「青銅」 機械を纏った神々の戦いが、始まる。
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前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔 「諸君。決闘だ!」 ギーシュが高らかに宣言する。 周りの野次馬たちから喚声が上がる。 ギーシュは野次馬の喚声に応え手を振る。 ギーシュはここに至り多少の冷静さを取り戻し、そして開き直った。決闘であれば問題ない、と。 決闘自体は問題だ。本来禁止されている。おそらくこの騒ぎが終われば、学院から幾日かの謹慎なり、何か処罰が言い渡されるだろう。 だがそれはルイズにも言えることだ。 決闘であれば、決闘をした両者が悪い。 もしルイズを香水のビンを拾ったことで責めていたなら、明らかにギーシュ一人に非がある。 だからと言ってルイズにメイドを連れて行かせたら、ふられた上にルイズにやり込められるという恥の上塗り。 それに比べれば決闘という形で両者が処罰を受ける痛み分けの形は随分ましだ。 そして、決闘の中身でルイズに二度と生意気な口を聞けぬようにしてやれば良い。 「二人のレディーと、そして僕自身の誇りのために僕は闘う!」 ギーシュは薔薇を模った杖をルイズに向ける。 「『二人のレディーのため』はやめろと言ったでしょう。あんたは二股がばれた腹いせに決闘するのよ」 ルイズはギーシュに睨み返す。 「早く始めるぞ、ゼロのルイズ。もたもたしていると次の授業に間に合わなくなるからな。いくら授業に出ても魔法の使えるようにならない君には関係ないのだろうがね」 ギーシュは鼻息荒く侮蔑の言葉を返す。 「シエスタ。下がってなさい」 ルイズの言葉に従い、シエスタはルイズから離れる。相変わらずその目には不安がありありと見える。 それを確認したルイズはギーシュのほうへと一歩踏み出す。 「ふん! 覚悟はできているようだな」 ギーシュが薔薇の杖を振る。すると一枚、花弁がはらりと落ちる。 地面に花弁が落ちた瞬間、そこに一体のゴーレムが現れた。 鎧に身を包んだ女騎士のような姿。 大きさこそ平凡だが、所々に細工の入ったワルキューレの造型の見事さに、周囲から静かな歓声が上がる。 「これが僕のワルキューレさ」 ギーシュが得意げに言う。 「魔法の使えない君には一体で十分だろう。一体だけでも手も足も出ないだろうからね」 一体で十分。 この決闘の狙いはルイズを痛めつけることではない。もし取り返しのつかない怪我でもさせてしまったなら、謹慎では済まないだろう。 それは避けなければならない。 この決闘はルイズに実力差というものを見せつければいい。上下関係をはっきりさせてやればいい。 だからこそワルキューレは一体しか出さない。余裕で勝利して見せることこそが重要。 「何よ! 全力できなさいよ!」 ルイズはギーシュに食って掛かる。 「ひょっとして負けたときの言い訳? 『全力出してたら勝てました』とか後で言われても面倒だし、最初っから出せるだけ出してくれない?」 「ハッ! 笑わせるな、ルイズ。ゼロを相手に本気を出せるわけないだろ。……そうだな、君が万が一にも僕のワルキューレを一体でも倒せたなら本気で闘ってあげよう」 ギーシュは髪をかきあげ、余裕綽々といったポーズを作る。 あくまでもどちらが上かを思い知らせるための闘い。できる限り余裕の姿勢は崩さない。 そんなギーシュを見て、ルイズは内心で安堵の息をつく。 ギーシュへの挑発は賭け。だが、賭けは成功した。しかも理想の形で。 ワルキューレを複数出されては勝ち目は薄い。だが、一体しか出してないからといってそれを好機と闘っても、いつさらなるワルキューレを作るかわかったものではない。 だが、挑発によってギーシュから「ワルキューレを一体倒したなら本気を出す」という言質を取った。 体面ばかりを気にするギーシュが野次馬の前でそう宣言してしまった。ならば、そう簡単に言葉を覆すことはできない。 ギーシュは今出しているワルキューレが倒されるまで本気を出せない。 状況が差し迫ればそんな宣言を覆して新しいワルキューレを作るだろう。だが、どんなに差し迫った状況になろうとも、ワルキューレを作るのに一瞬の躊躇があるはずだ。 それで十分。 それで勝てる。 「さて、お喋りもお終いだ。さっさとかかって来たまえ」 ギーシュが言うと、ワルキューレがギーシュとルイズのちょうど中間あたりに立ち、構える。 先手は譲ってやる、ということだろう。 だが、ルイズは杖を構えることなく、再び口を開いた。 「その前にギーシュ。この決闘。勝ち負け決めて、それでお終いじゃつまらないわ。なにか、賭けましょう」 「賭け?」 ギーシュが訝しげな表情を浮かべる。 「そう。賭けよ。あぁ、『誇りを賭けて』なんてのはよしてよ。二股がばれて八つ当たりするようなあなたの誇りと私の誇りとじゃ価値が違いすぎるもの」 ギリ、とギーシュの歯が鳴るが、それは野次馬たちの耳には届かない。 安い挑発に乗る気はないが、二股云々言われるのだけは堪える。野次馬たちも二股という単語に反応してぎゃぁぎゃぁと喚く。もうこの決闘がどういう形に終わろうと、暫くは二股ネタでからかわれるのだろう。 忌々しい。 ルイズのせいで散々恥をかかされた。ならば、この決闘でルイズを完膚なきまでに虚仮にしてやろう。 「そうだな、ルイズ。僕が勝ったら……まぁ、僕の勝ち以外ありえないが、今後授業で魔法使わないでくれ。この間の錬金のように授業を潰されたら堪らないからね。 先生から魔法を使うように指示されたら『私が魔法使っても爆発して授業に迷惑をかけるので他の人を指名してください』と言うんだ」 ギーシュの言葉に野次馬が沸く。 同級生たちは少なからずルイズの魔法に迷惑している。 「そいつはいい! ギーシュ、とっととルイズを倒してしまえ!」 「これでルイズに授業を妨害されなくて済む。魔法の修行もはかどるってものだ!」 マリコルヌら、普段からルイズをゼロと揶揄するものたちはここぞとばかりにギーシュに便乗して騒ぎ立てる。 ギーシュはギャラリーの反応に気を良くし、得意げな笑みを浮かべている。 「私が勝ったら……」 ルイズはギーシュを睨みつける。 「私が勝ったらシエスタに謝りなさいよ」 ルイズは言った。 「シエスタ?」 ギーシュはその言葉の意味がしばらく理解できなかった。 それは周囲の野次馬たちも同じだった。「シエスタ」という単語が何を意味するのか理解できない。野次馬たちがざわつく。 しかし、そのざわつきも少しずつ収まっていく。その単語の意味を理解したものから口を閉ざし、その「シエスタ」に視線をやる。 騒々しかったヴェストリの広場に一瞬の沈黙が流れ、全ての視線が一箇所に集まる。 「は、ははっ……。成程な……」 沈黙を破ったのはギーシュだった。 「平民に頭を下げろとはね……。成程成程……。君はよっぽど僕を侮辱したいらしいな」 貴族が平民に頭を下げるなど有り得ない。貴族が上で平民は下。この関係は絶対である。 この場にいる生徒たち。その中に平民に頭を下げたことがあるものはいないだろう。そしてこれからもそうやって生きていくのだろう。 だから彼らは、ルイズの真意はギーシュに恥辱を与えることにあると、そう認識した。 シエスタに視線が集まりはしたが、誰もシエスタを見てはいない。ルイズがギーシュを辱めるための『だし』としての存在。そのように見ていた。 誰も、単純にして明快なルイズの真意を理解していなかった。 「ふん! なんとしてでも僕を侮辱したいようだが、どうせ僕の勝ち以外有り得ないからな。どんな条件だろうとかまいはしないさ」 ギーシュが見得を切る。 ルイズが突然口を出してきたところから、理解の及ばぬことばかりだった。平民に頭を下げるなどという最大級の恥辱。なぜそこまで突っ掛ってくるのか理解できない。 だが、この決闘で勝てばそれで済む話だ。 理解できないものを理解する必要などない。所詮はゼロ。端から理解の外にいる存在なのだ。 「では、いざ尋常に勝負といこうか。相手が負けを認めるか、相手の杖を落としたら勝負有り、でいいかな?」 「……勝負なんてシンプルなほうがいいわ。相手が負けを認めたら、だけにしましょう」 「オーケイ。ならそれでいい。ではもう覚悟はできてるかい?」 「ええ。準備はできてるわ」 そんな言葉を交わして、決闘の幕は上がった。 だが、両者動かない。睨み合いが続いている。野次馬たちは、いつ動くのかと固唾をのんで見守っている。 「動かないわね」 キュルケが小声で呟いた。 「……おそらく既に動いている」 タバサがさらに小さな声で言う。 その言葉の意味を理解できず首を傾げるキュルケ。 タバサだけが感じ取っていた。実践を積むことでしか身につかない感覚でもって。 ルイズはもう動いている。 ルイズが何をしているのかは解らない。だが、何かしているのは間違いない。 事態は既に動いている。決着へ向けて。 ギーシュは焦れていた。 先程交わした会話は、間違いなく決闘の開始を合図するものだった。 それなのにルイズが動かない。 端からルイズに先手を譲るつもりであった。 ルイズを派手に痛めつけるわけにはいかない以上、如何に実力差を見せ付けるかこそが肝要なのだ。そして勝負は格下から動くものだ。 だからルイズが杖を向けルーンを唱えようとしてからワルキューレを動かす。そしてルイズから杖を奪い、地面に押さえつける。痛めつけられない分、ルイズには土でも食わせてやろう。 だが、ルイズが動かない。 ならばそんな筋書きに拘らず、とっととワルキューレを動かしてしまおうか。 いや、それもできない。 野次馬たちは、今の状況を緊迫した睨み合いとでも思っているのかもしれないが、ギーシュはただ待たされているだけなのだ。動きようのない状況で待たされている。 ルイズは杖を向けるどころか杖を構えてもいない。それどころか、その手にはまだ何も握られていないのだ。 流石に杖を持ってもいない相手に攻撃を仕掛けることはできない。それでは卑怯者の謗りを受けかねない。 (早く杖を構えろ。それとも臆したか) そんなギーシュの思いとは裏腹に、ルイズは相変わらず杖を持とうとすらしない。 やはり臆したのか。 覚悟ができたなどとは口だけだったか。 (ん? ルイズの奴、何と言っていた? 『覚悟はできたか』と聞かれて、何と答えた? 『準備はできていてる』と答えなかったか?) ギーシュはふと先程のルイズの言葉を思い出す。 『準備』。闘う為の準備なら、まず杖を持たねば始まらないだろう。 魔法の使えぬルイズが肉弾戦を仕掛けてくる可能性も考えられる。そうだとしても、武器も持たず構えもせず、何の準備をしたというのだ? なんだか…… 足がむずむずしてきた。 「!?」 ギーシュの右脚に突然激痛が走る。 「な、なんだ!?」 突然そんなことを言い出したギーシュに、野次馬たちの注目が集まる。 ギーシュは杖をルイズに向け牽制したまま、己の脚へと注意をやる。 痛い。 痒い。痛い。 熱い。 「な、なんなんだ!?」 ついにギーシュは堪えきれず、ズボンを捲り上げる。 するとそこにはどくどくと流れる血で赤く染まった右脚があった。そしてその赤の中に点在する黒い点。 ギーシュは己の目を疑った。 そこにいたのは己の小指ほどもあろうかという巨大な蟻。 その蟻が2匹、3、いや4匹。ギーシュの右脚に食いついていた。 「うわあぁぁああああ!?」 ギーシュが叫ぶ。叫びながら己の脚をバシバシと叩く。 ギーシュの赤く染まった脚に気づいた野次馬たちも騒然となる。 「なんだこれ!? なんなんだこれぇ!?」 ギーシュは血で染まった己の脚、そして見たこともないような巨大な蟻に混乱していた。 蟻が全て潰されても、己の脚から目が離せない。答えるものなどいないのに「なんだなんだ」と問い続ける。 しかし混乱はいきなり現実に引き戻される。 突如爆発音がしたのだ。 爆発、即ちルイズ。 ギーシュは己がルイズのことをすっかり忘れて取り乱していたのだということに気づく。己の脚に向けていた視線を上げる。 ギーシュの視界にまず映ったのは、爆発四散するワルキューレ。 (ルイズにやられた? なら……) ギーシュは己の手を見る。その手には薔薇を模した杖が握られている。 杖が握られている。それを目で確認するまで己が杖を握ってるのかどうかすら判らなくなっていた。 (杖はある。ワルキューレを……) 作らなければ。 そんなギーシュの思考はすぐに潰える。 ギーシュの視界にルイズがあらわれたのだ。 ルイズは走っていた。ものすごい勢いでギーシュの元へ。 (ルイズの前にワルキューレを……) (立ち塞がなければ……) ギーシュは急いで杖を構える。 (間に合うのか!?) 間に合わない。 ルイズとギーシュが激突した。 前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔
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双識がルイズの後をついて行くと、大きな建物の中の一室に案内された。 部屋自体は広く、至るところに趣向が凝らされている。ちょっとした高級ホテルの一室、という感じだった。 どうやら、この立派な部屋がルイズの部屋らしい。 くつろぐルイズに、双識は気になったことを尋ねてみた。 魔法のこと。 2つある月のこと。 この学園のこと。 使い魔のこと。 2つある月に関しては「常識でしょ」と一笑に伏されたが、 他のことは「こんなことも知らないなんて、随分な田舎者ね」と双識を馬鹿にしながらも、大まかな説明をしてくれた。 どうやらルイズは、これを双識を自分の使い魔として認めさせるいい機会だと判断したらしい。 「――というわけで、あんたは私の使い魔になったの。手の甲のルーンがその証拠よ」 「……何が証拠なのか理解できないけれど――きみのような女子中学生の使い魔になれるのなら、私としても大歓迎だよ」 郷に入っては郷に従え。 この世界――ハルケギニアの住人であるルイズのいうことに従ったほうが都合がいいだろう。 そう双識は判断したのだった。 とりあえずは、ルイズの作戦は成功したことになる。 「それで結局――私は何をすればいいんだい?」 「さっき説明したでしょ!でも全部あんたには無理なことばかりじゃない!」 「確かに私は探し物は苦手だけれど、ルイズちゃん、きみを守ることぐらいはお安い御用さ!」 根拠もなく胸を張る双識に、ルイズは呆れる。平民ごときに――ましてやこんなひょろひょろに何ができるというのか。 「……無理しなくていいわよ。あんたに期待なんかしてないわ――そういえば、あんたどこの平民なのよ」 「多分ルイズちゃんは知らないと思うけどね。私は日本という国から来たのだよ」 「ニホン――確かに聞いたこと無い国ね」 実は国どころか世界が違うのだが、ここでその話をすれば余計話がこじれるので、双識は黙っておく。 「で、そのニホンで……あんたここに来る前はなにをしてたの?」 ルイズの何気ない質問。 そして、双識の何気ない返答。 「――殺人鬼をしていた、と言ったらきみはどうする?」 「……はあ?」 常識と余りにもかけ離れた返答に、ルイズは思わず間抜けな声を出した。 今、この男は何と言ったのか。 ――殺人鬼? 「何あんた?ふざけてるの?」 「いやいや、全くもってふざけているということはないんだよ、ルイズちゃん。私は殺人鬼なんだ」 飄然とした様子の双識に対して、ルイズは呆れ顔で首を振る。 その仕草は双識が殺人鬼であるということを信じている風には見えなかったし、事実ルイズは信じていなかった。 こんな針金細工のような平民に人が殺せるとは、どうしても思えなかったのだ。 「あんたふざけてるでしょ……まあ、殺人鬼でも何でもいいわ……一応釘刺しておくけど、この学園で変なことしちゃ駄目よ」 「きみがそう望むのであればそうしよう。何せ、私はきみの使い魔なのだから。それに、そのほうが『普通』なのだろうしね」 一瞬不服そうな顔をしたものの、すぐに笑顔になり、納得したように頷く双識。 双識の意味不明の言動に、ルイズはため息をついた。 「……なんかあんたに付き合ってたら眠くなっちゃった。もう寝るわ」 そう言うとルイズはボタンに手をかけて、唖然とする双識の目の前で、服を脱ぎ始めた。 双識は眼前で始まったストリップショーに釘付けである。 そして当然のように、ぽえーんとした表情を浮かべている。 「――やっぱりあんたは後ろ向いてなさい」 「もういいわよ」という声に双識が振り返ると、もうルイズはベッドの中に入っていた。 ルイズが指を鳴らすと、ランプが消える。これも魔法なのだろう。 「あ、そうそう、それから――」 ルイズが言いながら白い何かを投げてくる。 双識が広げてみると、それは下着だった。 「洗濯しておきなさい。アンタはそれぐらいしかできないんだから。寝るときはそこの毛布を使いなさい。わかったわね。」 ルイズは一気にまくしたてると、それきり黙り込んでしまう。 双識が耳を澄ますと、静かな寝息が聞こえてきた。 どうやら、人に洗濯を押し付けておいて、さっさと寝てしまったようだ。 その余りにも身勝手な行動には、どんな人間であろうとも、例外なく怒りを覚えることだろう。 はたして零崎双識は―― 「ルイズちゃんの下着……」 ──変態だった。 (ゼロのルイズ――試験開始) (第二話――了)